今あなたは寂しく貧しいですか?
気が付けば人生も折り返しです。
小さな頃に思い描いていた夢をあなたはかなえましたか?こんなはずではなかったと思ってませんか?思ってるでしょ?きっと後者の人が多いのではないか。私ももちろんそうです。まったくもって思い通りにならないどころか、こんなで息をしているのすら社会にすいませんと日々考えてます(笑)
小さい頃の荒唐無稽な、素晴らしい夢、ノーベル賞や宇宙飛行士、歌手やアイドル、アーティストになる夢はとっくに色あせて遠くに行ってしまった。
それどころか日々の生活を過ごすだけで精一杯。現実はそういう人の方が多いのではないか。
みんながイチローやメダリストや尾田栄一郎、AKBや女優なんてなれない。なれっこないからこそ、それがドリームだと気が付いたのはいつでしたか?
それが現実です。しょうがないじゃないですか。こんな世相です。夢どころか性別や生まれた環境、健康状態、自分の努力不足、色んな要因があったかもしれませんが、もう若くない。取り戻せない。どう老いて最後を迎えるかを考えなくてはいけない現実。老後の貯金もない、愕然として立ち止まり、いまや一歩も動けないかもしれないですね。
それでも人生は楽しく嬉しく(思い描いたような幸せではないかもしれないけど)意味のあるものだと確信しています。
しかし、それすら感じることができない、持っているものは0かそれ以下だと考えているあなたへ、小さなTipsがあります。
この話を同年代のある人に話したら元気を出してくれたので、書いてみます。その人は、きっとこの理屈がどうこうより、私のような惨めなオバサンでもなんとかなっているという目の前の現実にホッとしてくれたのかもしれないなあ。才能も若さも健康も家族もお金も美貌にも乏しい私がヘラヘラなんとかなっているのが不思議だと言いました。いいわねえ。と。(←嫌味なのかもしれませんが)(笑)。けどこいつがなんとかやっているから自分もやれると考えてくれたんでしょう。彼女は死にたかったけど当分やめたと言いました。
そのTipsはよくある自己啓発系の大富豪になるためとかじゃなくて、とりあえずドン底から冷静に抜ける方法です。
わたしたちは3つの財産を持っている
私がずっと信じているというか、危機の時に必ず大事にしている3つの財産のことです。
一般的に財産といえばお金、預金や証券、宝石や土地などですが
私は以下のみっつだと考えています。
お金 家族 習慣
この3要素が重要であり、財産トライアングルと呼んでいます。
その3つは繋がっていて、補完しあっている。
10代のときにフッと思ったのです。その思い付きですが、なんとなくその信条がためになんとか40代を迎えています。
この3つのどれが欠けても財産とはいえず、どれかが欠けていくと感染症のように他を喰い尽くす。しかしどれかが0近くであろうとも他を強化していけば3つが再び小さく起動しはじめる。
どれもMAXな値を必要とするわけではない。苦手部分は0に近い数値でもいいのです。私の数値はどれも低く、そのバランスは整っていても、惨めなもんです。きっとどこかにこの3つが素晴らしく充填している人々もいることでしょう。
そういう人はなんかすごい意識高い啓発書を書いているだろうから買って読めばいい。私のはとりあえず0を避ける方法、破滅しない方法だと思ってください。
財産1 お金
お金、これは貯金とか証券とか。不動産とか。努力して蓄えて増やした人や大企業に就職、あるいは起業で成功した人なんていい数値なんでしょうね。
私は洋服には執着がないですが、美味しいものには目がないので、セレブ達はあのすごい料亭のレストランの料理を気軽に食べれるなんて!そういうおカネを一度は手にしてみたいもんだ、ともよく考えます。
しかし今、私はそういうレストランには行けないけど、日々食べていけるだけのお金はあるし、なんとか入っているので貧困とはいえないわけです。今のところ。
これが「お金」がなくなると、電気や水道も止まり食べていけなくなるので、まさにダイレクトに「0」であることを痛感し、破滅に向かう実感ゾクゾクと味わえることでしょう。何度も経験しました。
私は、今更ですが発達障害ぎみでコミュ二ケーションに問題があったり、ひどいアトピーで働けない時期が何度かあり
お金がまさに底をつく、という体験には事欠かなかった。
京都と言う土地は安いアパートがあり、20代~30代にかけて月々5万円で家賃など含め生活していける土壌がありました。しかし月5万ですら入らない日々があって、部屋から一歩も出ずにトイレにも風呂にも行けない、パンの耳や袋ラーメンのみという日々が続いたのです。
お金がなくなれば働けばいいのですが、全身ケロイドでドロドロ病状なもんだから、なかなか難しかった。
どうすればいいのか。他を強化することで取り戻すしかありません。
財産2 家族
お金 という財産の第一の要素がなくなればどうするか。やみくもにお金を増やそうと無理するのは堂々巡り。
他の要素に補完してもらうのです。
お金という財産がなくなったらどうするか。
お金がないが「家族」という財産に恵まれている場合があります。
たとえば、地方のあまり裕福ではない若者が、三世代同居。親に子育てや家事を助けてもらい、幼な友達にめぐまれ、子育ての悩みを打ち明け合い週末にBBQやイオンでのコミュニケーション。
あるいは農村や地縁の強い土地での(しがらみが強いが)助け合い、分かち合い。
そういった相互扶助はまさしく「財産」なのです。
ありあまるお金があろうとも友達や家族がいなければどんなに辛いことでしょうか。
だから家族は財産なのです。なかったら幸福感に欠けて、焦り、心が病み、お金を使うことで家族を得ようとして騙されたり風俗や水商売につぎ込んでしまいます。まさに要素のひとつが0になれば他を浸食して減らしていくという状況に陥ります。
だから
子だくさんだとか、家族と仲が良いとか、古い友人がいるという人は貯金がたいしてなくとも胸を張るべき
なのです。
孤独でないということはお金の何倍もの多幸感を感じることができるのですから。
ほんとうに羨ましいです。私は小学校や中学校の友人は連絡など取っていません。たまに創価学会の誰かが「久しぶり!ところで来月の参院選に…」と電話してくるくらいですからねww
お金が底をついたら、家族と仲が良ければ送ってもらう、貸してもらう、更には都落ちというか実家に帰って療養させてもらう。それで貧困から免れることが可能なわけです。
しかし、家族と仲が悪い、という状態な場合、家族という財産の数値は著しく低いのです。
私は実家は頼れない状況でした。
実家の親の夫婦関係は最悪で、言い争いが絶えない家庭でした。時々お金をもらえることもあった記憶があるので最悪ではなかったかも。しかし最終的には父親は借金を作り子供の奨学金も使い込みました。母親は罵詈雑言を(笑)ながら言うので、精神的にやられる。家族に頼るにはトラブルが多すぎました。戻るわけにはいきません。せっかくあの地獄から出てきたのに!(今でも実家のことを思い出すと辛くて動けなくなります)
そう、私は、家族という財産も0に近かったのです。
しかし、家族にかわり友人も財産と考えることができます。
友人にお金を借りるのはどうかと思いますが、打ち明け合い相談に乗ってもらうことで建設的な対処ができます。学生時代は、似た貧乏な境遇の人も多くいて食材を持ち合ってパーティーを開いたりする。冗談など言い合っていると楽しくなります。やがてポジティブな気持ちに変わり元気になり、バイトに出かけたりできる。そうしてジワジワ”「お金」がない”状況から抜けることができます。
なので、家族=人間関係(友人含む)なんです。
だから実家がないからと悲観することはないわけです。その他の人間関係を大事にしているだけで、それは財産なのだから。
あるいは、てっとり早く家族関係の財産を手に入れたかったら宗教に入るのも手です。そこには利他的な相互扶助のシステムがあり、食べさせてくれたり相談に乗ってくれたりします。疑似家族や親密な友人関係が即座に手に入ります。※しかし、その扶助が強固なところほどカルトの危険があり、人生をその場所に捧げるつもりでない限り近寄るのはおすすめしません
またその関係は人間でなくてもいいのです。最近、イギリス発のホームレスと猫の奇跡の物語が映画化されます。
主人公はホームレスで薬物依存。それこそすべてが0だった青年が、猫との関係を大事にしていったら、他の2要素が膨らみ、貧困から抜け出ていく物語です。これはフィクションではなく、実話です。
まさに3要素の財産0に近い状態からスタートした青年。しかし、偶然知り合った猫との出会いが運命を変えるのです。生きがいや喜び、他者との交流が彼にはもたらされるようになり、薬物依存からも脱することがついにはできました!
主人公が利己的なまま猫に冷たくしていたらどうでしょうか?猫は彼の家には居つかず、ホームレスのまま早い死を路上で迎えていたことでしょうね。
だから、お金がなくても友人や家族、あるいは愛するペットがいたらそれだけですごいことなのです。お金がないな、お金がなくてどうしよう、という状況になったらその持っている関係を大事にしたらそこから道が開けるかもしれません。
しかし、お金をねだったり、相手をいじめたり、約束を守らなかったりしたら、その人間関係という財産はすぐ0に近くなり、他を浸食していくことでしょう。
さらには中高年になると新たな人間関係を築くのが難しくなります。
私のような中高年女性だと特にそうです。女性は同じ属性(子持ち子無し既婚未婚仕事など)のカテゴリーでしか人間関係が持てない傾向があります。
年月がたつと学生時代とは違い同年代の女性は子育てに比重が出て、私のように(母譲りの)コミュニケーション不全のままオバさんになると、女性コミュニティから完全に締め出されます。ましてや結婚して子供がいないとなると独身女性のグループにも入りずらい。
人間関係の財産を築くのが上手い人は、そういうカテゴリー関係なく、沢山人脈や友達を作れるものです。が、私は発達障害ぎみでとてもそんなキャラにはなれません。社交性がない上、女性の輪が苦手で努力すればするほど空回りしていきます。
つまり、人間関係という要素も0に近いことが多々あるのです。
お金もない 家族という人間関係もない。3要素のうち2要素がほぼない、という状況。ヤバすぎます。お金にも家族(人間関係)にも乏しい。何度もそういう状況はあったし、今もこの2つはひどいもんですよ。
唯一仲が良いのは夫ですが、その仲の良さ、というのは世間で言う仲の良さとは違い、かなり相当距離があるのです。それにしがみついたら、その財産を大事にしないことになるので、距離を保っているというのもあるんですが。お互い、もともと、ひとりが大好きで他人と親密な関係を作るのが苦手なんです。なんで結婚できたんだか。子供でもいれば違ったんでしょうが。頑張ったけどその財産を作れなかったのはしょうがないです。
私は生き物が好きでペット(十姉妹)を可愛がってますが、彼等は私を敵だと考えています。それでもないよりはマシでありがたいです。たまに卒母した同年代女性も少しずつ親しくなってくれています。私は私の今持っている人間(生物)関係を乏しくとも大事に育てていきたいのです。
とはいえ、ほんとにマックス0にマイナスな人は絶望感にいることでしょう。
お金も親しい家族も友達もペットもない、となればどうするか。
財産3 習慣
最後の財産、習慣です。
私は何度も思い出すアウシュビッツの収容所のエピソードがあるんです。
第二次大戦中にナチスに迫害されたユダヤ人の囚人たちですが、毎日重労働を課せられ食料にも乏しい病気が蔓延する劣悪な環境。死を待つだけの日々。
だんだん絶望的に投げやりになります。
その手記を書いていた女性は当時は少女でしたが、母親が賢かった。
必ず毎朝、水で口をすすぎ、顔を洗うことを教えました。
すると不思議なことに、その習慣を維持している人々だけ生き残っていったというのです。顔を洗わない人から死んでいったと。
たかだか顔を洗うということですが、それをしなくなった=その習慣を捨てた、ということの意味が分かりますか。
顔を洗わない=投げやり=生きる希望を失っていく=心身の健康を損なう
すると、元気がなくなっていき、収容所ではそうした人から、弱ったとみなされてガス室に送られるのです。
たかだかちょっとした習慣ですが。
最近は引きこもりが社会問題化していますが、彼等の何が大変かというと、かなり多くの「習慣」という財産を手放しているがゆえの結果です。
顔を洗うことはもちろん三食バランスのいい食事をすること人とあいさつをすることなど それらの習慣がないから身体は太り目は澱み、社会性を欠いて、働けなくなります。彼等は養ってくれる家族がいてお金をくれるから2要素は0でありません。しかし、「習慣」は0に近いのです。そして、いずれは家族にもお金にも見放され困窮することでしょう。
「習慣」財産が0がゆえの貧困者が引きこもりという人種だといえます。
ただ、家族やお金と違い、「習慣」は元手がなくてもすぐ作ることのできる財産です。いま、ここ、この瞬間に気構えさえあれば。
何も10や20も習慣を作る必要はありません。
たったひとつでいいわけです。欲張らずに一つだけを数か月延々と続けること。それが積み重なれば、他の2つが0であろうとも補完し、やがてはバランス良く財産は増えていきます。これは実体験で何回か痛感しました。
小さな習慣はほんとうに人生を変えます。
習慣なんて、今まで何をやっても3日坊主だから何をしても無駄よ、という人も諦めるなかれ。ちょっとしたコツで習慣は身に付きます。
習慣の作り方についてはDaigoさんの本をよく参考にしました。
人の心の癖は共通の動きがあり、そのちょっとしたコツを掴めば良い習慣を身に着けることが出来るのです。
私は延々と毎日スクワットを繰り返していますが何もスクワットが痩せてキレイになれるとか痩せたら金持ちになれると信じてやってたわけではありません。
単に習慣=癖になって惰性でやっているだけです。
スクワットを始めたそのころ、更年期が辛くてジョギングに出るのが困難だった。なんとか別の運動をなんとなくしたいなあ、と。そのころ、Daigo氏の本を読んだ。中身はたいして覚えてないんですが習慣ってのは、小さなのを延々とひとつだけ毎日することだとそういうことが書いてありました。
習慣を身に着けたくても何度も失敗した人はDaigo氏の本を読んでみたらいかがでしょうか。何かとっかかりが必ずあるはずです。
で結局いまやスクワットは2年続いているんですが今は腕立てもプラスされています。やらないと落ちつかない習慣として定着しています。
とりあえず中年太りのままなんですが、以前よりは堂々と街を歩ける自信が出てきました。高い服を買わなくても安いTシャツでもそこそこ夏でもみっともなくないスタイルになり仕事にも良い影響が出てきました。営業上も一年前より怖気づいてしまわなくなったりして、結果「お金」という財産も補完して増強する結果になりました。
一日10分もしない筋トレ習慣がいかに「財産」であるか分かります。
また掃除、というのも即座に取り組みやすい「習慣」です。
トイレ掃除のカルト精神はまったく信じていませんが、トイレ掃除はもっとも積み上げやすいてっとり早い習慣です。
もう色んな問題が降りかかってきて、もうダメだ!というときに、毎日トイレ掃除をしつこくしつこくすることがありました。すると落ち着いて好転したことが何度もありました。トイレには神様がいるかどうかは別にして、便器にある汚いものがなくなりピカピカしてくると達成感があり、すっきりします。色んな心配事があってもトイレに流せたようになり、安心して眠れ、不眠症が直り、健康が取り戻せて、次の仕事や人間関係に取り組めるようになるのです。
スクワットも掃除も習慣としてはまだハードルが高い人もいるでしょう。鬱の人とか。
それでも自分にできるたった一つの習慣が何かあるはずです。
よくペットの世話ができるうちは鬱病ではないとも聴きます。つまり世話をする習慣は健康な精神の証なわけです。
しかし、何か、こうした建設的なことをすることが「習慣」という財産であるとは限りません。
自分を労ること、休むこと、それも立派な習慣です。大体、自分に無理を強いたからウツなわけだから、無理を強いるのを辞めるのも習慣といえます。スマホを閉じて、布団に入り、猫を撫でたら、休む習慣と家族両方が手に入るのではないかと。
ある引きこもりの人が無理やりでも毎日家族に「おはよう」と言うだけで運命が好転した話も聞きました。
【ひきこもりの社会復帰】 挨拶をしてみよう - ご自宅で雇用されながらの就労支援
私も仕事で人と1週間くらい口をきけない日々があったとき、行き詰って落ち込んでいた。唯一の人との出会いだと近所のコンビニで丁寧にお金を受け取って笑ってありがとうと言うようにしたら、「いつもありがとう」「頑張ってくださいね」などと会話を交わせるようになり、救われたことがあります。ちょっと小さく変えるだけでこんなに収穫があるとは世間とは捨てたものじゃないなあ、とむせび泣いた。
習慣はもっとも手軽で即効性がありかつ強い財産です。
3つのどれかを大事にしたらなんとかなる
お金 家族(人間関係) 習慣
元手がかからないのは「習慣」ですが、もちろんオーソドックスな「お金」を投資で増やすということも出来るわけです。
3つのうちどれかがあれば蘇ることができる。
お金があれば、困っている友達にご飯をおごったりして、友情という財産を増やすことができるし 疎遠にしていた親に援助もできます。
家族や友人がいれば 励まし合い元気をもらい 情報交換して仕事を得たり、健康を取り戻すことができます。
習慣があればそれの積み重ねで能力や容姿に自信ができて、友人を作れたり、良い仕事を得てお金を作ることができるでしょう。
全部だめだと思ってもどれかは少しは残っている場合がほとんどです。ちょっとでもいいんです。それを大切にして増やしましょう。
まずは風呂に入り食事をして布団にもぐってたっぷり眠ったら自分はどれを元手にもう一度やり直せるか考えるのです。
大丈夫、何度でもやり直せます。今あなたはあなたの人生で一番若く美しいのです。
あなたにまた元気がでますように。

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