更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

認知療法:補足 治療方針に向き合うまで

ようやく方針(医者だけではなく、自分の)が決まる。当初予定していたより、4か月抗がん剤が終了が先になりそうです。低空飛行なので、どうなるかわかりません。思ったより抗がん剤というのは毒で(笑)自分はヤワだった!?各医療機関により投与量・レジメンの方針に違いがあるので、是非はわからん。誰かの責任ではなく、自分の意思で決めたと思っております。

栗鼠には何度もこの逡巡を吐きだしました。操作しようとせずに、体調を考慮しながら、聞くのは大変だろうな。本気の技術者としての栗鼠を尊敬します。

■人間関係の難しさ、素晴らしさ

愛は間接的な働きかけをする場合があり、時として、最も有効である。菓子屋さんが黙って心のこもった美味しいものを作るように。家族や友人を尊重し黙って祈るように。私はその距離感が好きです。

親身な共感ほど、励まされるものはない。ネットを通じて、こんなに愛の共感のやりとりを人とできるなんて、思ってもみなかった。ありがとうございます。

今のクリニックは野戦病院みたいだけど(笑)ステキなお医者さんや看護師さん、仲間がいる。

とはいえ人は人を100%「理解しない権利」があると思っています。私も人を悲しませるような発言や発信を頻繁にしていると思うし。

一方で「こちらの好みを分かってもらうべく発する権利」もある。「これをわかってほしい」「ここは触れないでほしい」などの気持ちを失敗してもいいから発信をしたり、自分を守るために割り切って逃げる権利。信頼関係のゆえ、許す折り合うというケースもある。喧嘩もいい。その技が使えるのはちょいと上級者?

栗鼠とは実質的な人間関係についても話したな。感謝してる大好きな相手だけど、悪気のない愛が過剰すぎる距離感のない人種(たとえば母親)対応も相談した。(そういう踏み越えた愛情が必要な場合もある)治療中など体力・キャパ(このキャパを限度以上に使いがちなのが癌患者に多い?!)がないうちは避ける・逃げるに限る。元気になりゃ、返礼・フォローまた何でもできるさ。

栗鼠は私のムッとした表情も見ていただろう。それは結果的にコミュニケーションになったんだからよかったともいえる。難しいけどね。失敗ばっかだ。

■お医者さんに相談するとか、難しいよね

医者や医療者とのコミュニケーションは難しい。私はすごく下手。うちの主治医はメチャ忙しいのだ。治療への迷いや質問を栗鼠に吐いたり、こうしてブログにしたり、整理しながら、質問プレゼン(?)を紙に一杯書いた。ちゃんと聞けるかな。いつもヘラヘラ笑って納得したフリしちゃうから。夫相手に練習してみた。最終的に100行を3行にまとめあげ、聞くことができた。それでも落ち着きがなかったと思う。

「それでいいんだ。分からないことがあれば、そうして質問して、納得して、また悩んだら、何度も聞いたらいい。」と。「笑顔になれてよかった」とケモ担当のナースさんは言ってくれた。

私は描くと、忘れるというところがあって、描いてると脳内物質が出て飛んじゃう。そこは長所でもあるんですが、治療と向き合えないで乖離してしまう短所でもあった。そろそろ、自分はどうしたいか決めよう、とか思って。いざとなると恐くて聞けなかった。結果聞けて自分の方針を決めれてよかった。安心して、また乖離しよう(?!)

治療の舵とりが100%自分で出来るのなら、こんな病気にはならない、とも思う。疑わない、不安にならない、というのも今後の強みのひとつになるだろう。あとでまた、考え直したり、身体の状態により、変わることもありだと思った。