更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

小室等さんの歌が恐ろしくかつ深い件について

団塊世代の全ての才能と活気はフォーク・ソングに集約されると考えております。

私が小さい頃に聞いたり、音楽の時間に合唱した名曲の数々

加藤和彦さんや南こうせつさんの歌はソラで歌えます。

しかし、

先日もろにその渦中にある名曲を最近聞いて震撼しました。

NHKの歌番組「ザ・フォークソング」で知ったのです。

小室等(こむろひとし)さんのことを…

東京

お若いときのこのお姿。

かっこいいですね!

今のオサレさ、サブカルにも通じるのではないでしょうか。

 

小室等さんは「六文銭」というバンドのリーダーです。(六文銭とはもちろん真田幸村にちなんでいます)そして当時のアーティスト達で立ち上げた革命的な会社「フォーライフレコード」の最初の社長さんでいらっしゃいます。

 

先日観た番組ではじめて拝見したとき

どこのおじいさん(失礼!)かと甘く軽くテレビを流していたら

曲を聴いていたら

全ての手がストップいたしました。家事も仕事も、スマホをいじる手も。

▼まあ、聞いてみてください。。。。


「死んだ男の残したものは」小室等

ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )

 

▼そしてこれ…京都をテーマにした歌


小室等 比叡おろし

いやあああああああ

 

京都の山奥から吹きすさぶ絶望の風…

雪女とはこのことです。

家のコタツもエアコンもまったっく効かなくなりました。

 

さむい…さむいよお…

 

この歌をはじめて聞いた夜は

一晩中うなされました。ショックで。

こんな迫力のある歌詞(作詞は谷川俊太郎さん)をこうまで歌い上げるその世界観。

 

先にご紹介した「死んだ男の残したものは」なんてもう、どうしようもないというか

辛すぎて。

 

今、こういうの歌う人はいないのではないか。

▼歌詞

死んだ男の残したものは
ひとりの妻と ひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

何があったんだ!男には!

でもとりあえず妻子がいたんだから良かったね!と聞いていたら

死んだ女の残したものは
しおれた花と ひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった

奥さん死んでんじゃん!子供が残されてど~したの?

死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と 乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ 残さなかった

子供も死んでる!なにやねん!なにがあったんねん!

この歌の世界で。

 

戦争…?ですか?

この時代のフォークは反戦政治思想を取り入れているのでつまり

全員戦争で死んだんでしょうかね。

 

聞いていると例えようもない絶望感が襲ってきます。

そのドンゾコどん底。暗さをこうも正面きって歌い上げたら

かえって何か一筋見えてくるような気もします。

ほのかな希望の雪解けのような春の光が。。。

 

今のポップスやロックに不満なことには このように この時代の楽曲のような

 

絶望

 

がないのではないか。

現実には今の方が絶望があるのではないか。

団塊世代の若いこのフォーク時代に比べて。なぜかというと

あの時代の団塊の若者の時代は今ほど物質的には豊かではなく、

貧しい出身者も多かった。

しかし、高度成長期は努力したら夢がかなうと希望いっぱい貧乏でも夢いっぱいの上昇志向があった。

だから絶望を高らかに謳えたのではないか。

現在はそれがない。だから団塊の人が俺らの方が貧しかったのに頑張ったから今の日本があるからイマドキの若者は甘えている、頑張れ、という考え方には同意できない。

 

今は本当に「絶望」しているからこそ

「希望」を謳うしかないのではないかと。

「絶望」を聞いてしまったら本気で崩れ落ちてしまうのが現代日本の歌の世界ではないかと。

この小室等さんの歌う絶望感は、意外にああ、わかる、今の時代にもマッチしている

とも感じるのです。この不思議さはなんでしょうか。

 

森山良子さんバージョンもイケてます


死んだ男の残したものは 森山良子

 

小室等 音楽活動50周年ライブ ?復興? <実況録音盤>

小室等 音楽活動50周年ライブ ?復興? <実況録音盤>

 

 

こういう絶望感は

イエローモンキーさんの「JAM」に受け継がれているような気がする。


JAM - THE YELLOW MONKEY LIVE @ TOKYO DOME, 2001