更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

映画「恋妻家宮本」を途中で帰ってきた

「ほっこり」が欲しくなった

「沈黙」があまりにも強烈で数日かけて感想を書いてしまい

頭の中が重苦しい拷問だの戦争だのの世界で占められ(その前は「この世界の片隅に」を観ていた)。

グレーの薄暗い世界から逃れたいという気持ちになりました。また水曜サービスデー1100円が来たので、行ってきました。

普段見ないようなハートウォーミングなラブストーリーが観たいと思い「恋妻家宮本」を選びました。


「恋妻家宮本」特報

いわゆる

ほっこり

したかったんですww

同年代カップルの共感できる映画かと思いきや…

阿部寛も天海祐希も大好きです。50歳になった夫婦のラブストーリーなんてタイムリー期待してワクワク。どんだけ胸キュンさせてくれますか?と。しかし胸キュンどころか

誰一人として共感できる登場人物がいませんでした。

耐えきれなくて途中で出場してきました。最後まで見たら本当は素晴らしかったのかもしれない。ラストを観なかった私には感想を述べる資格はないよね。

映画コムのレビューは4.5か1で二分されているので、極端な振り子の映画です。私はきっと1の側の観客層なのです。

協賛に「電通」とあるのが、イメージの悪さに拍車をかけました。全ての演出がテレビドラマくさく、バブルをひきずっている。

さらにはそれ以前の団塊?昭和の古臭い価値観が充満しています。時代が荒唐無稽。

50歳の夫婦が主人公の映画なんですが、65歳の間違いじゃないでしょうか。吉田拓郎が二人の思い出の曲だとか。拓郎の「今日までそして明日から」はもちろん名曲で大好きですが。

ここまで世間や世界がめまぐるしく動いているのに齢50歳程度で「私はこうして生きてきました♪」なんて余裕かましているのは現実的ではありません。回りを見渡せば、まだまだ必死に走る走っているお年頃です。

いくら子育てが終わったからといえ現実にこんな50歳はいないと思いました。

こんな優雅な50歳がいるのですか

この二人は今後の生活の心配もなく、ただ惰性で暮らしていてこれからもそうして老いていく気まんまんです。安定した職についている優柔不断な夫と夢を諦めて子育てをしてきた妻のちょっとした人生の(ご)不満をお涙頂戴ドタバタ劇。これにどのくらいの同年代が共感するというのでしょうか。もっと上の年代は感動するのかしら。

この映画の二人はもう老後って感じで価値観が団塊っぽくて古臭いんです。そりゃ主人公は公務員、教師は余裕でしょうが。それにしたって彼らは目まぐるしく変わる価値観のありようには無関心です。高度成長期・バブルの名残が消えていないんじゃないかと。

一戸建ての持ち家、安定した仕事、平和な町、人間関係がいつまでも死ぬまで続くと思っています。主人公夫婦の心配ごとは、ささいな近視眼的なすれ違い、ちょっとしたことで恨んだり悩んだりしているだけです。友人がそんな悩みを言ってたら勝手にすれば、と言うでしょう。

どうせ別れないよ、この二人は。と誰もが映画開始10分で思うでしょう。

現実の40~50歳はもっと大変な問題にあっぷあっぷだと思うんだけど。私と私の回りだけかもしれませんが。

下の目まぐるしく変わる価値観にはついていけず、かつ上の世代を支えねばならず。きっと寿命が延びるだろうが、年金も自分の老後も大変で、子育ても終わらないのに、介護はもっと終わらないだろう。ITや仕事、経済状況は10年どころか1年ごとに変わります。年功序列の恩恵なんてありません。強烈に安心安全神話が壊されて価値観の転換をせまられる最初の前線の世代なはずです。

40代50代は上と下の呪いを解くのが役目だと思う

あの「逃げるは恥だが役に立つ」のゆりちゃんが現実のこの現在の本当に生きている、そうであってほしい50歳です。

私たちの世代はゆりちゃんのように、下の世代に「呪いから逃げろ」と言う使命があると思ってるんです。そして上の世代には「呪いなんてないから若者にそれをかけるな」と。

いや、ゆりちゃんが荒唐無稽な空想上の存在で、この映画のような50歳が現実なのでしょうか?

映画の好意的なレビューを見ていると、私が知らないだけで、まだまだ昭和的な夫婦がいっぱいいるということでしょうか。

そうまでして、そんなにその幸福な悩みを他者に「わかって」ほしいのですか。微細な「わかってもらう」ことが感動的ですか。ああ、私はそこに感動できないからやっぱアスペなのかな。そんな贅沢な悩みちっともわからない。可哀想だとも大変だと思えない。

おばはんたちに追い出された?映画館

世間ずれかつぐずぐずしている展開に耐えていたら

後ろの座席の団塊おばさん数人が持ち込んだ菓子パンの袋をバリバリいわせてオシャベリしながらスマホをパカッと開いては私の座席を蹴ります。

私が神経質なだけなのか。世間はこんなオバサンたちを許せるほど、大らかで心が広いのでしょう。ケリが数回目になったとき、出場しました。折しもクライマックス主人公が妻を最後に追いかけていくであろう直前ですが、ちっとも惜しくありません。

この映画、いわゆる熟年離婚をテーマにしているんですが

出来婚で夢を諦め専業主婦。黙って鈍い夫に辛抱して熟年離婚を考えたこともあるとか、うん、それ団塊の主婦ちゃんの不満だよ。私の同年代は、半分以上が何等かの仕事をしているし、高齢出産も多い。同年代友人たちの子供はまだ幼児か小学生です。反対に映画のように20歳そこそこで妊娠一人だけの子供なら自分の夢をかなえる時間も体力もあるだろうに。何が不満だったのか。何をそんなに被害者的モラトリアムに陥るのか。

私にケリを入れてきたオバサンたちにも色々な物語があったんだろう。主人公の妻のような不満が鬱屈して離婚届を書いたことがあったのか。私が知らない深い人生の谷間を耐え忍んできたからこそ、その鬱屈を晴らさんとして映画館ではしゃくのでしょう。

原作:重松清「ファミレス」ということですが、読んだらもっと深いテーマがあるのでしょうか。

ファミレス【上下 合本版】 (角川文庫)

ファミレス【上下 合本版】 (角川文庫)

 

重松清さんは非常に人気がありますが過去に他作品読みかけたらどれも寝ちゃった。すいません。有川浩さんも。私はこの手のアンテナに異常に欠けているんだ。

良い役者ばっかりだった

やはり阿部寛は名優で、こんな糞脚本の言葉をひとつひとつ自分のものとして丁寧に演じているのが良かったです。

また生徒(子供役)の「ドン」というあだ名の少年の演技の感情表現が切ない。素晴らしい。

ちょっとした目の動き、間の取り方。センシティブな少年の揺れる心を演じています。

誰かと思ったら浦上晟周(うらがみ せいしゅう)という役者さん。真田丸の息子役です。あの存在感は素晴らしく、どこの子役だろうかと刮目しましたよ!この子役の演技を観れたただけでこの映画を観て良かった。

富司純子のホラー映画のような呪いの存在感も良かった。素晴らしい役者さんばっかりなのに、色んな部分が安っぽく古臭いのがもったいなかったです。

優しさとは何か

この生徒とのかかわりの中で

"正しい"と"正しい"がぶつかり合えば、ときには戦争にもなる。しかし"優しさ"と"優しさ"が、ぶつかり合ったらそうはならない

というセリフを阿部寛が言ったとき、ジ~ンときてうっかり泣きそうになりましたが、一瞬思い直した。これちょっと違うんじゃないかな、と。こういうまとめてしまう良い言葉は危ないんじゃないか。

人はね「優しい」から人を苦しめるんだよ、と私は一人心でつぶやきました。

「優しい」という言葉は簡単ですが、同じ優しいでもそれは人によって違うのです。この姑も孫に対して「優しく」しているんです。彼女にとっての「良かれ」「優しい」は浮気をする嫁を排斥して孫を厳しくしつけるというもの。それが「正しいの押しつけ」に繋がったのだと。

原作者の重松清は非常に学校や試験で好まれる作家だといいます。だから私は学校生活がうまくいかなかったのか、と今更わかりました。今にして思えば重松清的な「仲間、絆、優しさ」こそが私にとっては呪いだった。

姑の「正しさ」が「優しく」ないのは分かりますが

子供を置いて若い男と浮気した母親を許して「優しく」するとかおかしいですよ。多感な中学生にその許しをさせるのは酷です。その倫理観は少年の自由ですよ。母親が可哀想だから反省しているから許すとかどうでもいいから、彼がこの事件をどう受け止めているかの描写が一切ないのは何故でしょうか。ちゃんとオカンへの嫌悪感や喧嘩あるいは縁切りさせないと。許して弁当作るなんてラストはどうかと思うよ…。

子供は悩める大人の失敗を「優しく」許すために生まれてきたわけではないでしょう。

教師という仕事も大変だなあ

更には一生徒にこんなに「優しく」しなければいけないのかとため息が出ました。そこまでしなければ生徒から「先生は教師に向いている」と言われない状況。私ならその女子中学生に言うとこですよ。働いてもないオマ言う?って。

こんなに生徒たちを死力を尽くして「わかって」あげなくてはいけない職業。この就業状況は先生方にとってブラックすぎやしませんか?でも繊細な年頃。きっと親御さんはうちの子のことをもっと「わかって」欲しいと思っているんですね。

学業をしっかり分かりやすく教えたらもう十分じゃないですか…。教師にそこまでの感情労働を映画でそんなに強いて。先生方、かわいそうに。

そんなに生徒の気持ちが「わかる」には生徒3人に一人の教師くらいの担当じゃないと追いつかないですよ。。。

親子の問題はその家族でぶつかりあってなんとかしませんか?先生大変ですやん。

大体、この子供の父親はどこにいるんだ。主人公教師が一生徒の家庭の悩みに踏み込むか踏み込まないかより、その方が大切な問題です。(ひょっとして最後は泣いて息子に謝ったのかもしれませんね。)

色々な問題を「優しさ」でうやむやにしてしまおうとしている。私はそういう表面上のキレイな言葉がほんと苦手なんだな、と再確認してしまいました。

途中で出場してしまったのでこの感想は正当なものではない、でも、これを最後まで観るほど暇なわけじゃないよ。

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