更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

主婦湿疹 手荒れがこうして治ったの話をしてみよう その2

今週のお題「マイベスト家電」

まずは休め!

昨日の記事(主婦湿疹 手荒れがこうして治ったの話をしてみよう その1)の続きとなります。

いつまでも具体的なTipsに入らない記事にイラッとなる人もおられると思いますが、すいません。昨日書いたように、身体と病気のことを書くこと情報発信することは注意がいる。口コミとはいえ(口コミだからこそ)の用心がいるのではないか、ということを延々と書きました。

現在手荒れに悩んでいる人は、私の記事を含め、色々な情報を取捨選択をし、用心しながら読んでいってほしい。しんどい、辛い、大変だの渦中にあるとつい飛びついて、お金を散財するだけなく、大事な時間を費やしてしまいます。

タイムリーに昨日発見した記事▼

yomidr.yomiuri.co.jp

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癌に限らず、手荒れなどの皮膚病にもデマ情報は蔓延しています。女性誌にもそういうキャッチーな「自然派」の治癒法喧伝されています。いかにも優しくオシャレに弱った心に忍び込んできて、ワラにもすがりたい人の心を虜にするのです。

手荒れなどは、致命的な病気とはみなされず、現代の医療で特効薬がなく、他者に理解されない助けてもらえない悩みのひとつです。外見の美醜ともかかわるため、自己否定などの心の落ち込みに通じます。孤独にその疾患と格闘している場合は特に「今食べている食品のせいだ」「自分の生活習慣や心根が悪いせいだ」「私は醜くダメな人間なんだ」など、自分を責めてしまいがちです。

しかし、疾患や病気は、身体が悲鳴をあげている、安め、のサインだと思います。他の人はもっと頑張っている、それに比べて私は…、などと思わず、全て放り出し、いろんなことを手抜きして、まずは休め!というのを過去の私に言いたいのです。

アトピーもちの私

私は、何度か書いていますが、生来のアトピー性皮膚炎です。

幼児の頃から、たえず、身体の痒みに悩まされ、大学、就職もほぼアトピーとの闘いに費やされました。

白髪も多かった。小中学校から若白髪が多く、現在では総白髪です。(46歳)ヘアカラーは2週間に一回は行います。

簡単に病歴的なものを書きます。体質が似ている人がいれば、何か参考になるかもしれません。

●20 全身アトピー 白髪 アトピーで化粧が一切不可能。普通の女子のようなオシャレの輪には入れず。不細工ながらも、そこそこごまかしながら生活していた。大学卒業後の職場が海産物営業だったので、手荒れが頻発し、そこから全身アトピーが大悪化し、結果退職 ステロイド副作用で寝たきり一年

●30歳 アトピー一時治る おかげで婚活する余裕ができて35歳で結婚w 手荒れだけが治ったり治らなかったり。ハンドクリームでごまかしながら家事をこなす。

●40代 前半に乳がん(ホルモン陰性Her2陽性初期)発覚 初期であるが、悪性度が高いため、抗がん剤を約一年投与 その後、またもやスーパーの海産物販売(どんだけエビカニが好きやねん笑)製造のバイトをうっかり従事してしまう。手荒れが進み、右腕がほぼ全壊の皮膚、約半年、生活全般が不可能に。子宮内膜症等も併発。

●46歳 ←イマココ どれもこれも手を抜いたりして、細く長くラクチンに生活するズルさを身に着ける。ある意味一番気楽で楽しい時代を迎える。

▼現在の右手。主婦湿疹が完治。ほぼ皮膚炎や手荒れとは無縁になり、つるりとしている。あらゆる治療の試みの結果、赤黒い、シミのようなものができてしまい、もう取れないと思われる。それくらいで終わり、上等、奇跡だと満足している。同年代より、色素沈着やシワが多く、驚かれるが、ほんとうに手荒れはなくなった。指もよく動く。細かい仕事も可能。簡単な水仕事や手袋なしの調理も出来るようになった。現在、接客商売に就いている。

このイマココに至るまでの経験を記事にしていこうと思います。関係ない人には全く関係ない記事ですが、ひょっとして、誰かに役立つTipsがあるかもしれないと思ってガッツリ書いていきます。

手荒れの歴史

どうですか?

手荒れを中心にすえた病歴ですが

たかが手荒れ されど手荒れ 怖いでしょ~?手荒れで人生をほんとに振り回されておりますな。。。

私の場合、ある指の一本(それは決まっていて、右手の人差し指です)に小さな水ぶくれが出来たらサインです。

その水ぶくれが次の日、倍になり、その次の日は倍倍になり、それが手全体に、そして、腕に、腹に背中にそして全身に、という経過を必ずたどります。

そして、ほぼ寝たきりの治療を余技なくされるほど、全身に広がってしまう。なので、指一本の水泡には長い間ドキドキしていました。

現在は、ほぼ完治した感があるので、そこまで焦ったりはしません。

職場は手荒れを病気と見ない

20代前半の最初の手荒れ地獄について述べましょう。

海鮮食品を扱う会社でした。なので、塩分や洗剤により、指先が荒れて、醜くなってきました。冬には毎年ひどいあかぎれになりますが、食品を頻繁に扱うようになり、膿が出てくるようになったのです。

もちろん、手袋を使う、水分をよくふき取る、ハンドクリームなどを塗るなどの処置は自分でしていました。しかし、手荒れになってしまいました。小さな一か所でも、一度なると恐ろしいほどに広がることになります。

職場で、知識のない職場の年配のオバちゃんにあ~っこれ塗ったげるよ!とハンドクリームかわりに塗られたリンデロン。

リンデロンは、ステロイドの濃度の強い塗り薬です。(現在は販売されていません)薬局で普通に売られていました。ものすごく一時的に効くんです。リンデロンは。

次の日に治ったら、ドヤ顔になるオバちゃん。

その次の日に、指の荒れが倍になって復活します。ステロイドの塗り薬でそうなる人は多いのです。

そうして、おばちゃん更にリンデロンをすすめる。一本売ったげる、あげる、とか。もう覚せい剤みたいですね笑

で、もっと更に手荒れ広がる。リンデロンは劇的に効きますが、一日だけ。次の日、荒れと痒みと水泡は倍増します。

仕事で無理する(無理しないなんてことはできません。仕事だから)腕全体に広がる。リンデロン断る私。おばちゃん怒る。

「不潔だから自己管理ができないからそうなる」と言い出すおばちゃん達。

しょうがないな、仕事休んで皮膚科に行ってこい!たかが手荒れだけど早く治して、早く仕事に戻れ!との命令で、病院に行く。すると仕事を休めと医者がいう。そして渡される膨大なリンデロン笑

仕事は生活があるから休めない。おばちゃんたちは、甘えてる、手ぐらいで。女は一生水仕事だから、それくらい今直せないで、結婚生活子育てなんてできない。この先どこに行ってもやっていけないとか言う。何度も手仕事水仕事をしているうちに手が丈夫になって、荒れなくなる!と云う。(彼女たちは昭和の激動期を、家事子育てなど水仕事を無理しながらこなしてきた自負があるから、手荒れは甘えにしか見えない。いわゆる姑気質ですなw)私も当時若かったから、ここで頑張ればきっと社会に会社に必要とされるようになるんだわ!なんて、ブラック洗脳されていた。

当然、数か月もしたら、全身悪化して、数年そのまま頑張った。ある年、営業中に倒れて、そのまま退職。はい終わり。

誰も同情もお詫びもしてくれませんでした。

なんというブラックかと思われるでしょうが、当時は、そんなもんです。

そのときから、あ~会社って頼りにならないんだな、年上の人は意外に考えなしにアドバイスするんだから、信じてはいけない従ってはいけないんだな。なんて思いはじめました。余談ですが、その時の経験が独立営業する土台を作ったような気もします。

20年前の皮膚病への理解はそんなもん

私の若いとき、20年前のアトピーの治療法なんていいかげんなもんです。

今ほど、尿素入りの良いクリームや石鹸もないし、皮膚科はバカのひとつ覚えみたいに、濃度のきついリンデロンを3分診療でバンバン処方していました。

何よりも社会が周知していない。

アトピーは戦前戦中時代にはなかった。日本が世界が貧しかったからです。アトピーは、食べ物が豊かになってから発生した病理。新時代の「体質」のひとつにすぎないと思われていた。皮膚病といえば、水虫や疥癬くらいしか年配の人は知識がない。

粉が吹く象のような赤黒い皮膚は醜く、特に若い女性がそうなっていたら「不潔そう、うつりそう」と言われ残酷な容姿差別にさらされます。(実際は石鹸で洗いすぎるからアトピーは悪化していたんですが)

思い込みや因習や偏見で好き勝手に回りは治療法のアドバイスをします。

私が癌治療のときの年配女性たちの善意の押し付けと同じです。良かれと思って似非医療のデマを垂れ流し押し付けてくる。それが他者を破滅の追い込む場合があると、彼女たちは微塵も考えないんです。「良かれと思って。そんなつもりはなかったから」と責任など取りません。無知でおせっかい、下世話な好奇心、支配欲と自己顕示欲は害悪です。

彼女たちから自分を守るために、自分で考え、NOと云うこと。逃げること。情報を取捨選択する力が必要です。

たぶん、当時以後、ステロイド薬害が問題になっていたはずです。ステロイド副作用のせいで、全身が焼けただれ社会復帰できなくなった人が医療側を訴えたんですね。医者は、自分たちは、ちゃんと処方した、患者が使い方がおかしい、とつっぱねて。どうなったんでしょうね。

地獄の離脱症状の青春時代

私は、途中でステロイドを一切やめることにしました。

地獄のような離脱症状が起こりました。痒みと痛み水泡が倍増し全身から粉が毎日バケツ一杯でるような症状です。数年かけて、それを乗り越えた。これがね、20代の後半ですよ。まあ、恋愛だのオシャレだのできるわけないですね。

安アパートでトイレに行く体力もないから部屋に洗面器置いて暮らしてましたね。全身から膿が溢れ出て、痒さで夜眠れず、クリスチャンではないけど、旧約聖書のヨナ記を読んでは自分を励ましてました。

それもこれも、指一本の手荒れを甘く見たせいです。

あ、手荒れがはじまった、やばい、そこで、誰が何と言おうが、ぴたっと転職する水仕事をしない家事も治るまで一切しないとか処置をしなかった。リンデロンだって、ほんの少しぬりつつ、水仕事一切しない、とかだったら、すぐ直ってたのかもしれない。

手荒れは治りにくい

しかし、仕事や家事するのをぴたっと辞めるなんて、無理ですよね。女性・主婦、子育て中の人は特に。

手を完全に動かさないで、外気や水一滴も触れさせず、じっとしていれば治りはもちろん早いですが。

ぐずぐず治りかけては仕事や水仕事にすぐ手を出し悪化させ、薬を塗ってはまた無理をして、さらに悪くなり、の繰り返しで、取返しのつかないほど、どんどん手は荒れていくのです。

手荒れがひどいから治るまで皿を洗わない、調理しない、子育てに関するもろもろをしないなんてことは不可能なわけでしょう。治りにくいんです。手はほんと。

人は一人暮らしだろうが、家事をやめることは難しいんですよ。手袋をしたって、水蒸気がたまり、水泡が悪化する。手を使って仕事もしなくてはいけない。ましてや人前に出る接客業なら、手荒れを一時的にでも直すために強いステロイド剤を用います。手袋で営業をするわけにはいきません。

放置して休みさえすれば治る場合も多いのに…手は…

アトピー体質だった(私は今は収まっている)人は多いと思いますが、副作用の強いステロイド薬剤などを使いすぎなければ、まあ、不自由ながらもそこそこ生活できるんですね。

しかし、手に関しては問題は別。

手荒れがひどくなると焦って直そうとする(←ここが一番のポイント)他の手や足のアトピーや肌荒れがひどくても、人はほっとけるじゃないですか。あ~ストレスたまってたんだな、と時々掻いて、睡眠時間を増やしたり食事に気を付けて休む。そうして良くなることが可能です。

でも手の場合は、それができない。手が痒かったり、血が出たり、疱瘡ができたら、焦ってクリームや薬をぬりたくる。仕事や家事ができなくなるから。甘く見て無理する。手が辛くても、生きていけないわけじゃない。盲腸などの内臓疾患、ましてや風邪よりましな気がする、と。熱があったら休めるのに。手荒れでは人は休まないんですよ。

痒い~かゆいかゆい!

主婦湿疹・手荒れがひどい人は覚えがあると思いますが、

手荒れの痒さってハンパじゃないんですよ。。。

掻くとめちゃめちゃ悪化します。掻くのを我慢するのは困難です。日々、使うからです。色々なものを触り、雑菌がついている。それは手にどんどん付着し痒みの原因になります。手袋をしたら、中の水分や蒸気で雑菌は増殖し、さらに地獄の痒みへ。

血や膿が出たら、バンドエイドをするしかない。(蒸れて悪化するのに)だって家事や仕事しなくちゃいけないじゃないですか。道具なんだもん。手は。

いくらイクメンさんが増えても、奥様の手が調理で荒れ気味だからって、赤ちゃんの沐浴やオムツ替え、全部変わってくれますか?無理ですよね。会社休まなきゃいけない。

ちょっとくらい交代するよって、ありがとう、嬉しい。

でもちょっとくらいじゃよくならない。手荒れは、水に触れないのが大事だから、一日の夜だけとか、わずかな水仕事を代わってもらうだけじゃダメなのよ…。

手は身体の一部に過ぎない打撃の少なそうなとこだから、他の身体が丈夫なら、無理して使っちゃう、手を。人間の一番よく使う、道具、手を。

そこに女性「性」のジェンダーの理不尽さがあります。社会から黙殺されている、家事労働の過酷さがある。なかったことになるやってないことになる、あたりまえの労働、水仕事。

何もしない、手を動かさないで、生きていくことは、王侯貴族でもないかぎり無理なんですよ。そこに手荒れを放置したり、無理に焦って薬を塗りすぎたりして、悪化させてしまう原因があります。

自分の体質どころでない癌治療

さて、色々あり、ステロイドを避け、食事を気を付け、体が良くなった。好きな人と結婚して平和な生活を謳歌していた30代~40代はじめ。

そこに更年期世代の成人病、乳がんの発覚が襲う!初期でわかって良かった、良かったと言いつつ、悪性度が高かったので、抗がん剤を一年がっつり投与しました。

それが何か、免疫に作用したんですかね。私は医学のことはよく分からないんですが、その投薬の期間中、アトピーとか花粉症とか、アレルギー系が一切なくなったんですよ。不自然に肌がつるりとなって。

まあ、病名が病名ですから、アトピーやら手荒れどころじゃない、命が助かるように全力で治療投薬ということにあたるわけです。

人生で何度か、病気で寝たきりみたいになったり(トイレや風呂最低限の家事はもちろんできますよ。それ以外は布団にいるという意味)しましたが、これはほんとにキツかった。抗がん剤いやさに、民間治療に走る患者を安易に笑ったりはできませんよ。まじ辛かったです。(身体的に。不妊治療は気持ちがやられました)

で、自分が手荒れしがちだとか、アトピーだとかちょっと忘れちゃったんです。抗がん剤の投薬治療が終わったときに、何か霧がさ~と晴れたような気分になりました。

第二次大戦、あ、ナチスが負けたんだ、戦争は終わった。収容所から解放されたんだ!というユダヤ人のような気持ちになった。つまりハイになったんです。

癌治療のあとに手荒れが襲う!

とにかく、働きたかった。どんな仕事でもいい。生きて空気を吸って、空がきれいだった。手足が動かせるのが幸せだった。後遺症でまだ手足の動きがぎこちないけど、仕事して、リハビリして、治療費をかせごう、人生を取り戻すんだ!と思いました。何より、いろんな人に助けられて、ここにある、自分。まだ治療中のもっと大変な友人もいる。その人達のためにも、元気になろう、早く社会復帰して、恩返ししようと思ってました。

できれば、以前のような閉じこもるWEB屋みたいなんじゃなくて、おばちゃんの一杯いるような女性同士でわいわいできる、元気のいい力仕事のパートみたいなの!なんて思ったんですね。キラキラ健康で元気一杯の私のイメージが脳内に広がり、花畑状態。

で、近所のパートに応募したんですよ。。

で、その時の体験がWEB漫画の「変身」という漫画に投影されているんですが

馬鹿ですか

て自分に言いたくなる。

寿司屋の製造です。

家から近かったし、老舗だし、手袋するから手荒れの心配ないと面接官は言う。その、未経験でも年配者でも可能、明日からでも、勤務して!すぐにでも使ってあげる!そのWELLCOMEの笑顔の姿勢が、いかに人の入れ替わりの激しいハードさがその職場に潜んでいるか見抜けなかった。いかに私は社会と隔絶された浦島太郎状態だったか。

手袋をする職場だったが手荒れ大勃発

食品会社は、手袋をしますが、一日に何十回と、アルコール消毒を強いられる。

食中毒出たら、会社がつぶれますからね。手袋をしますが、強烈なアルコールを素手に何十回もシュッシュするんです。なんということだ…。

みるみるうちにヤクルトミルミル ガンガンに手は荒れていきました。もちろん、あの右手の人差し指の水泡がスタートです。この場所に、私は前世、何かしたんでしょうか?というくらい、この指の手荒れからはじまります。

指、手の甲、平、腕、背中…全身広がります。

ゾンビのようになってもオバちゃんたちは私を辞めさせようとはしません。たぶん、代わりが見つからない職場なんでしょう。(そりゃそうだ。)デジャブ、悪夢がよみがえりました。

「女性はこうして手荒れを繰り返し手が鍛えられるから辛抱しろ」「ステロイドを遣え」「今諦めたら一生ダメなままよ、あなたは!」と言います。

あれから20年もたつのに、年配女性の言うことはまったく変わっていません。呪いです。まさに。同調圧力は女性の集団の相互扶助を助けますが、一抜けたを決して許しません。

以前は、正社員でしたが、その時はパートです。私は20代の地獄を思い出しました。ドイツの収容所から逃げたユダヤ人が、戦後、ソ連で安住しつつ、社会情勢のほんの少しの変化を感じた。あ、またジェノサイドがはじまりそうだ、と予感して、その荷物、財産を全て放り出し逃げる、とかいう手記を読みましたが、そういう感じです(その手のものばかり読みすぎですが、ユダヤ人の危機察知能力には学ばされるものがあります)

辞めると数回言っても、悲鳴のような声をあげられ集団で引き留められ、あの手この手で辞表は拒否され、無責任!となじられます。病歴のある40代の女性をすぐ雇う場所はそういうところなんです。最終、電話で「もう行けません」と言ってブッチするという40歳にあるまじき逃げ方をしました。大企業だったので、給与は支払われました。ありがたや。

挫折感が…

しかし、その後の、落ち込みは相当なものでした。

苦しい癌治療を終わり、ようやく陽の指すところに行くんだと思ったら、全身が皮膚炎になり、またもや、生活が困難に。

抗がん剤で身体の免疫がおかしくなっていたのかもしれません。20代の頃より、進行は早く、1か月もたたず、その指からはじまった皮膚炎は全身に広がりました。今度は、ステロイド剤を一切使わないでそうなりました。

抗がん剤の影響でしょうか?どういう免疫の作用か、今度の皮膚病は、アトピーという感じではなく、赤く焼けただれ、膿は数倍広がり、一日に何回も洋服を変える必要があった。奇病?というくらい全身の皮膚がおかしかった。

結果半年、またもや家に閉じこもることになりました。

あせるんじゃなかった。。。。

社会復帰を焦って、パートに出た、たったの数週間で、こんなことになり、どんなに悔しかったか。(だから癌治療を終えた方、焦って仕事をしてはいけません。状況が許さないとは思いますが、できる限り休む、休む、寝る。以前の4割以下のくらいの仕事量に減らす方がいいと思います。)

食洗器・ルンバ・全自動洗濯乾燥機を買う

家事は最低限なんとかしました。コンビニものばかり食べて身体を悪くしては元も子もないです。夫の食生活も気を付けないと、彼もストレスがたまっています。

この頃、昔作ったサイトからのアフィリエイト収入がわずかでもあることが、どんなにありがたかったことか。

食洗器とルンバ・全自動洗濯乾燥機を購入したのはこの前後数年です。ないとやっていけないですもん。

食事をちゃんと作り、完璧じゃなくても、一日数時間横になっていても、水仕事をできるだけ避けて、回していけるようにどうしようか、と考えたら、これらの家電は欠かせません。

女として怠けものだとか、子供もいないくせにとかの外部の意見、メディアの丁寧な暮らしは自分の手仕事で作るとか雑誌やマスコミ・ネットに意見は溢れていましたが、知ったこっちゃありません。

この本は古いですが

食洗器とルンバ、全自動洗濯乾燥機は、女の人生を変える三種の神器だと思います。

水仕事をしたい人・丁寧な昔ながらの家事に魅力を感じる人はいると承知してます。そういう方には、いらないと思うんです。それもステキです。いくら家電が便利になろうが、手仕事にやりがいや美学を感じる人はあえて買わなくてもいいと思います。手荒れがなければ、そういう生活にもチャレンジしたかった。しかし、私には無理。その価値観とは距離をおかざるをえない。

迷っている人は買おう!

この現代の三種の神器の家電、欲しくて迷っている人に言いたい。

誰かに怠け者とか言われるかも?と買うのを躊躇している人、欲しいけどどうしよう、、お金ないし、シュートメや旦那がなんていうかとか思ってる人。

持っている人は今や、非常に多いでしょうけどね。私の年代の女性は、まだまだ、罪悪感があって買うのを迷っている人が多いようなので、一言、おせっかいを。

今、きっとそれら家電が欲しいと思っているあなた、家事のなにかが生活の負担になっているのですね。私のように手荒れに悩んでいるのでしょうか?仕事にへとへとに疲れて、流しに皿が積み上げられ、夫婦喧嘩が絶えないのでしょうか?

良妻賢母、ステキ女子とかいうレッテルなんて早く捨ててしまいましょう。何か言われたとしても、スズメの鳴き声くらいに思ってほしい。めっちゃくちゃ、ものすごく、利益や恩恵があります。一秒でも早く買いましょう。せいぜい10万以内です。ちょっと高いけどパートしたらすぐ取り返せます。ローンを組んでも買いましょう、と。

誰かに何か言われたらら、もう買っちゃったとかケロリと笑いましょう。

夫にも使ってもらえる食洗器!

夫が何か言ったら、あなたのおかげで楽できるわ、ありがとう!ありがとう!と百回くらい煽てましょう。(たとえ自分の貯金で買ったとしても)男なんて、プライドの生き物です。立てて感謝しまくれば(ふりであろうが)女の買い物は結局許してしまいます。そのうち、使い方を覚えて、皿を入れるくらいしてもらえます。

パナソニックがええでw

夫には本当にすまないことをしました。しかし、夫は、一日10数時間は布団にいた、この頃の私が好きだといいます。

起きて屁理屈を言う妻より、寝ている妻の方がかわいいから、だそうです。皿の洗い方、洗濯の処理の仕方について、あれこれ言われないので、楽しかったとか。テキパキ自分のペースで食洗器に皿を入れて洗う、洗濯機を好きに操作する。

家電の使い方なんて、男でもできますしね。最近のは、スイッチとか分かりやすいし。説明書見なくても操作できる。

あ、また30分たちました。つづきは後日。

とにかく、今は昔と違う!大丈夫!良い家電があるのだから、なんとかして、水仕事から逃れよう、以上。