更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

母が漫画を描いていた

母が何かを持ってきた

後日談です。先週の母の日に会ったときに大量に作品を見せられた。

さらしものにしたい、というより、純粋に感嘆した。なのでブログで発表してもいいかね?と云ったら「良い」というので載せます。

※絵よりも文章を読まれたら卒倒するかもしれん、読まないと思うけど笑 どこかにいる、私と同じような娘さんを励ますことが出来るだろうと思って書いたので修正はしても削除はしないつもりだ。

骨粗鬆症だというのに、巨大な荷物を持ってきていて、その中に巨大なファイルがあった。それが、膨大な4コマ漫画なのだった!

母と二人でサザエさんの展覧会へ

あとで見せてもらうことにして、京都伊勢丹で現在開催されている、「長谷川町子展」を一緒に観てきた。

母は、もろにサザエさん世代である。

だから二人で、長谷川町子の展覧会を楽しむことができた。会場にあるかわいいグッズを買ってあげ、私もTシャツを買ったりした。

母は漫画マニアだった

そういえば、母は強烈な漫画マニアだった。実家には、長谷川町子はもちろん、萩尾望都、竹宮恵子に手塚治虫が全巻あった。

いくら母が「美術学校などやらなければよかった。近所のバカ女子高(在学中から妊娠しまくる)にやっておけば、あんたは幸せになれたのに。今頃私は沢山の孫に囲まれていたはず。あんたも不妊におちいることはなく…」と今、グチグチいくらほざいても、母がそういう私を作ったのだ。私の身体と血は手塚治虫と24年組とエコールドパリで出来ている。

…そう、私は完全にオンナの幸せを逃したのだ。

逃げたものはもう戻らない。明らかに。私は老境の入口に入りせいせいしているというのに、母はいまだにそれが分からない。

母は才能がいろいろある

母親は、絵本を作成したり、児童作家協会雑誌に何度も掲載されたり、毎日新聞の投稿欄の常連で、ペンクラブに入れてもらうほどの文章と絵が上手な人であった。

しかし、看護師で多忙だし、色々気が散り、はやる人、、、つまり母は(私と同じく)発達障害「ぎみ」だ。だから、あれこれと手を出しては失敗したり、没頭したら周りが一切見えない。

音楽楽器演奏をしたら、周囲に合わせることが出来ないから合奏ができない。思い立ったら、家族が寝ていようが受験だろうが、徹夜で演奏練習をガンガンする。私が不眠症の時、これをやられて更に気がおかしくなりそうだった。

料理もそうである。味付けは醤油味しかしないくせに、ひとつのオヤツ(たとえばマドレーヌ)を覚えたら、卵を毎日10パック買い込んで、一か月マドレーヌを焼き続ける、という具合である。

定年退職して70歳をすぎても自分探しにいそしんでいる。音楽をやってみたり、仏像を彫ってみたり。まあいい、そこまではよくある?話だ。

おかんアートという「いやげもの」

ここ数年にわたる強烈な趣味「おかん手芸アート」。誠に迷惑なものであった。

いわゆる「いやげもの」というやつ。

下手とかではないのだ。上手に根気よく作る。一度部屋にこもって作業をはじめたら、寝食を忘れるほどだ。ゴミに埋もれながら、手芸以外のことに興味を持たない。起きて手を動かしているか寝ているか。大したアーティスト気質である。しかし「ぎみ」だから、変な方向にやりすぎてしまうのである。

たとえば、靴下をひとつ編んだとする。それを娘にプレゼントする。とりあえず娘「ありがとう嬉しいわ」という。(センスがイマイチのときもあるのでお世辞の場合あり。しかし、作ってくれたものは嬉しいので喜んでみせる)

すると、毎日編む。寝食を忘れ、家事を忘れ。娘に一日何十回もメールや電話をして、靴下の柄や次にどんなのが欲しいか聞いてくる。

では私好みの色柄を言い具体的にこれが欲しいと言っても、その通りには絶対に作られない。結局は母の好みで完成され、毎週のように靴下が贈られてくる、持ってくる。

嫌われるまで贈り続ける

唯一の救いは、実の娘にそれを向けてきたということで、弟の奥さんなどではないということだ。(え?実はそっちにも行っていたのか?)姑からいやげものが毎日きたら、弟の家庭が崩壊してしまうだろう。

「もういいの」と言ったら切れられる。

私の好意なのに、ひどいひどい

とか言う。こちらが本気で縁を切る覚悟で「母など大嫌い!もう電話してこないで!大嫌い!」というまで靴下攻撃は続くのだ。

そんなことを言わなくていけない娘の気持ちをおもんばかってほしいのに。。

大勢の冷静な批判の眼にさらされるのはヤダ

そんなに靴下が好きなら一人で靴下の山と暮らしたり、手作り市に出品したり、ネットやメルカリで売ればいい

とまで言ったが、

「売るなんて…自信ないわ…もじもじ。恥ずかしいわあ できないわあ」

と乙女のように顔を覆うww

靴下をマーケットに出せば腕も向上するし、承認欲求も満たされるし、お金も入るしいいことずくめだろうに!

それは怖い嫌だという。ただで娘や親せきに贈りまくり「ありがとう」と受け取ってもらいたいという。万事がそうである。

プレゼントで心の隙間を埋めているのかも

靴下で何か別のものを探しているのかと思った。

見捨てられ不安とか、自分の母親(祖母)からの愛情距離感を、娘に埋めてもらおうとしていたのかもしれない。

その心は…「ありがとう」中毒。

「ありがとう」と言われたら必要とされた、承認された気分になるのだろう。毎日家族に長時間の電話をして、手作り靴下を贈り、「ありがとう」と言われたらきっと幸せな気持ちになるのだろう。看護師長まで上り詰め、高給取りでそこそこ美人であるのに。何をこれ以上望むのかというくらい恵まれた人なのに。必要とされること、「ありがとう」と言われることに尋常でないほど飢えているのだった。

水を吸い込んでは消え植物が根付かない砂漠のような母の心の混乱と飢餓。

それに接するたびに、なんともいえない絶望的な虚無感にかられてしまう。

父よ、なぜ死んだ

「なぜ父は母を愛で満たしてやってくれなかったのか。オトコの役割を放棄して天国に早々に行ってしまったのか。ひどい奴だ」と父の位牌に言いたくなる。

亡き父の癌になった要因には、夫婦仲が悪く、母の父に対する陰湿な苛めによるストレスもあったと思う。なので、母の迷惑行為の責を天国の父に向けてはいかんのだが。

だから私は、母のものに限らず、手作りのプレゼントが苦手である。どんな裏や心の闇があるのかと勘繰るようになってしまった。(実際●党員の差し入れプレゼントは下心が色々あった)

本当に「気持ち」だけ受け取っておきたいと思ってしまいます。最近は、少しずつ心がほぐれ、純粋に温かい見返りを求めない気持ちでくれる人の方が圧倒的に世間には多いと気が付きはじめましたが。。。

縁切りラッキー!

ネットで売るよりも、身内に贈る方がリスクが高い怖い、と分かって欲しい。

私の心のこもった靴下がいらないなんて、あんたなんてもう娘じゃない!親不孝だ!なにさまだ!縁をきってやる、

と何度も脅された。老いた母親と音信不通になるなんて辛すぎる、と昔は機嫌をとっていた。しかし、数年前の闘病以降、自分を守ることを優先しよう、自分の幸せあっての親孝行だと考えていたので

「あら!ちょうどいいわ!私もそうしたいと思ったの。はいはい、縁切り、縁切り、やったやったラッキー!」と電話を切り、メルアドを変えて一年ほど放置していたら実に調子がいい。同情を斯う手紙が来ても、やぶって破棄、破棄!自分が元気になるまで連絡は取らないのだ。

自分がいなくても娘は平気!むしろ元気!とうすうす母は気が付いてきたらしい。他の兄弟もそうなのだろう。母に連絡しなくなってきたらしい。ようやく「いやげもの」で家族や娘を縛り付けたら、嫌われるかも、孤独死一直線と気が付いたのだろう。

今度は帽子を編んでいた

とはいえ、昨日の母の日。

やはり、(古い毛糸で)大量に編んだ帽子を山のように見せて、「いらない?」と聞く。(「いらない?」と聞いてくるのが少しは成長のあとがみられるw以前なら、あげる、あげる、全部あげる!と押し付けてきたから。)しかし、一度でも受け取ったら、私の日々がカビ臭い手作り帽子で埋もれてしまうこと必須である。…即座に

「いらん」と返事。

鼻からふんっと息を吐いて云えた。

断るコツは鼻から「ふんっ」と音をたてること

こういう動作は恩知らずで、

日本中の母大好き保守層からしたら、悪魔の所業に見えるでしょう

が、この即座にむべもなく断るという技が一番相手にも自分にとっても良いのだ。間髪入れずに一言はっきり言うことで、相手も断られたショックが軽減され、被害妄想を抱く暇がなくなるのだ。

私が特にそうなのですが、他者へついいい顔してしまい、安請け合いやお礼を日本人は言いがちです。それは和の心を育みますが、やりすぎると心が疲れてしまいます。

家族ママ友親戚近所人間関係がうまくいかないあなたは、この訓練をなさるといい。なんか図々しい厚かましい願いやプレゼントを言われたら間髪入れずに

「いらん」 「忙しい」 「は?」

と鼻から「くふっ」と音を立てながら云うのだ。

帽子の次に出てきたのは巨大なファイル

母は帽子をひっこめた。イエイ

そして出してきたのが、大きなファイル。その中にちまちまとした絵の洪水があった。なんと、全部4コマ漫画であった。

なんとこの一年、私と音信不通の間、4コマ漫画を描いていたというのだ。ぬあんだと~~!

いかん、見たらあかん、また引きずり込まれる…と思いながら見た数々。

あれ、なんかカワインじゃないか?

うあ。なんか、意外に…うまいかも…娘のひいき目かもしれんですが。血筋は争えない!?

ネタは意味不明なものが多くて、胃が痛くなりそうなのもありますがWWW(私の漫画だってそんなもんである)

しかし、かわいくないですか?

この動きのあるイラストなんてとくに! 色鉛筆で書いたらしい。丁寧な線が好感が持てる。。。!

この絵の人が母と知らず、似顔絵を描きたいんですとかメールくれたら、ぜひに!と強くすすめますよ!

▼元看護師らしいネタの数々

私の見る目が肥えてきたからこそ分かる価値

一年前にこれを見せられたら、「下手だよね~デッサンがんばれば?」なんて絵の先輩をきどって言ったことだろう。しかし、

この一年、似顔絵を描いてきて本当に、絵柄で苦しんできた私。その一つの要因が

上手くても売れない、下手でも売れる

という現象があきらかにマーケットにあるということだ。

上手でいかにも美術を勉強してきましたっていう人の絵より

ほのぼのして優しくて、ちょっぴり下手だけどカラフルでかわいくて、というものに人は惹きつけられ、お金を払うのである。

母は…漫画、絵の才能があるのかもしれん!

余計なことを考える娘の皮算用

人気が出たら、おばあちゃん漫画家になれるかもしれへん!数年前ブームになったお婆ちゃん詩集みたいに…出版!印税!映画!一日一万PVでアフィリタグ!と私の中で電卓がパチパチ鳴った。

母親に、これ、ブログに毎日のせたらどうだね?と言ったら

「それは無理い~」とまたもや乙女顔。「漫画はネットで発表したら、ネタ元が人にしれるかもしれへんやん。誰かが傷つくかもしれないでしょ?」とモジモジしながら言った。

イラッとしたが

それも母の意思である。「はてぶ」とかいいと思うが、載せたらプレッシャーになり年寄にはこたえるのかもしれん。人気が出るために、この破壊的なネタを客観的に読めるものにしなくては、とか苦悩するはめになるだろう。そうなったらかわいそうだ。

私は、独立以来、すぐお金になるかどうか最近考えてしまう。そこは良くないところだ。

母が夢中になり、かつ人と交流できるような趣味が持てる、それが大事なのだ。

絵や漫画は人に受け入れてもらいやすい

手芸は使う人の日常を浸食してしまうが漫画は浸食しない。誰かに見せても「ふふっ」といってもらえたら儲けものだ。

私は、少なくともフフッといくつか声に出して笑いながら読んでしまった。

このほのぼのさ、温かさ。この人は優しいんだか、ひどい人なんだか、ほんとに訳がわからない!

「すげええ!もっと描きなよ~!」と言ってしまった。うっかり応援したら毎日描いて、送ってくるのだろうか。意外にそれは迷惑ではない気がする。靴下と違って。私も負けずに描かなければ…。