更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

母の日を試行した

遅まきながら母の日を

本日は、母親とおデートでした。遅くなりましたが、母の日を行うため。

実の母親です。ブログで何度か、ボロカスに書いているので、関係は良くないんじゃないか、と思われる方もおられるでしょう。

ええ、良くありません笑

しかし、昔から、私には、カントの純粋理性のようなとこがありまして。原理原則の「~でなければならない」と。自分のわだかまった感情はさておき「そうせねば」みたいな行動指針がめっちゃある。(だから色んな人がウヨウヨくるのだと思うのですが。大概の人は原則論なしに、なんかコイツ雰囲気悪いから嫌い!だけで切ることが出来るので。●党員がワラワラ寄ってきて断れなくて困るなんてことはないよな。)

義務感で行っていた

母の日は、母を喜ばせなければならない、

なぜなら私は子供だから、産んでもらった義理は果たさねば。

と思っていた。しかし、他の兄弟はとっくに放棄していたららしい。「他の子供は、母の日なんて祝ってくれないのに、あんただけが毎年…ウルウル」と喜ばれて、あ、私より、出来のいい兄弟姉妹たち(私は4人兄弟の次女です)はそうなのか~。。。さすがそこも抜きんでいるなあ と初めてわかった。

とりあえず、昔から一番母親と関係が悪いのは私です。が、仕送りしたり機嫌を取ったり絶縁したりの繰り返しをしています。しっちゃかめっちゃかですが、こうして母親は健康で、私も健康で、母の日にプレゼントを贈れるくらいの収入が自分にあるというのは、ほんと、ありがたいことです。

ダメージ回避訓練をしていた

昔は、母親と会うと、嫌な事を言われたり、依頼心の強い愚痴を延々とこぼされ、言い返せず、一週間は寝込み、落ち込んでしまうという繰り返しでした。(ということを他の兄弟も思っているからこそ、皆母親と接触を避けるのだなあ)しかし、病気をしてからは、あ、こうして言い返さない受動するという自分が悪いんだな、だからストレスをためて身体を悪くしてしまったんだな。と気が付いた。

闘病中から出来るかぎり、思ったことを即言い返し溜めていたことは吐き出してぶつけるという作業を繰り返すことにしました。最初は上手に言い返せないからやたらヒステリックになったり、過剰に言いすぎたり、絶縁したりの繰り返しです。それも練習だよね。

で、最近は、母特有の無神経な言動に、冷静に「それは失礼ちゃう?」と間髪入れずに言い返せるようになった。大阪にいたら呆けと突っ込みが上手くなるように、反応できるように、自分を訓練したのだった。

そんなことをしても母親はもちろん変わりませんよ。

でもそうすることで、自分は楽になってきたし、ため込まなくなってきた。

母親に服従感謝できないなんて、ひっどおお~いですね!との意見を賜る

なんて書くと

「私には母親がいないのに、あなたという人は贅沢です。甘えてます。」などという匿名のメールが届く。ではあなたが私の母を引き取って老後を見てくれるんですか?とご返信したいですね。私は母親と一緒に老いていきたい、憎みたくないから必死にぶつかって喧嘩してるのよ。老いた母に「はよタヒね」とか思って生きていくなんてまっぴらごめんです。

あなたの息子がひきこもり、娘が援助交際で、喧嘩している真っ最中に、子供のいない私が「子供がいるだけでも贅沢ですよ。あなたが辛抱すればいいんです」と説教しているようなもんです。「きさまに何が分かる」と言い返したくなりませんかね。

あなたには瞼の母とあなた、という関係がある。一方の私には、上手くいかない今生きている自分と母親の関係がある。あなたは自分自身の足場の人間関係について考えたらいい。他人のことに口を出すな。ほんとに、おばちゃんはこれだから。。

あるいは「それは毒親です。あなたは悪くない。あなたの気持ちがわかります。」というメールもくる。

わかってたまるか。出版業界の毒親ブーム(売れる本をマスコミがヨイショするのは当たりまえ)に乗って、会ったこともないブロガーにメールしてくる厚顔さのあなたこそ、毒娘と呼ばれるがいい。

母との関係に悩んできたこの十数年

私も長い間、母との関係を悩んできたから、そういう類の本を読まなかったわけではない。むしろ、一時期読み漁った。毒親本も、心理学系も、墓守娘も。

しかし、なんか違うんだな。。。。あれ?

うちの母親はホント不愉快な言動をする人だが、何かしら、憎めないとこがある。毒母と言われる人のように、娘を憎んで貶めたいっていうより、天然でやってる気がするのよ。。。。

だってホントに毒母、という人の手記を拝見すると、犯罪かっていうくらい娘を喰い尽くしているから。

我が母は看護師の婦長までした人だし、学費も出してくれた。でも会うと無神経な言動を繰り返しゲンナリする。これってなんだろう。。。?

京都で親孝行

母にフェイラー(おばちゃんの好む高級ドイツブランド)のポシェットを買い、長谷川町子展に行った。そして、京都伊勢丹内にあるマールブランシュで二人分1900円の高級フルーツティーを飲む。旨いんだよな。これ。

不妊治療を終えたことを報告すると案の定「かわいそうかわいそう」と言い出す。

あ~やっぱ言うと思ったわ!!

自分がヒロインになって大騒ぎする母

数年前の闘病中も、ほんと苦痛だった。かわいそうかわいそう言うわりには、つつきまわして騒ぐばかりで。普通の母だったら、優しい言葉をかけたり、食事を気を遣ってくれたりとしてくれそうなもんだ。だが、この母は、違った。そっとしておく、ということ消極的行動すら出来なかった。

やりすぎる人なのだ。なにごとにおいても。変な方向に。

手術直後の私に、アランの「幸福論」を差し入れ「このように考えなさい」とか、玄米食水素水やらトンデモ治療法を何十冊も差し入れてきた。「癌には笑いが効く」とどこで読んだのか、笑い袋や笑いCDを送ってきた。抗がん剤で重いものを持つどころじゃない娘に、野菜料理をするために重い電気鍋を病室に運び込む。病室でこんなもん使えねえだろうが!!持って帰れるわけねえだろうが!(退院時、引きずりながら持って帰りましたが。ヘロヘロになりながら、どうして私は母のくれたプレゼントを断れないのか。そんなに愛されたいのか、いい顔したいのか。と涙が出てきた)心配心配の電話攻撃。心配なのは私だよ!「元気だよっ心配しないでママ」て四六時中作り笑顔ばっかりするのも地獄あんだよ。あんたの電話に付き合ってたら、休めないだろうが!

…そうだ、その時は私は早死にすると思っていた。だから、母親のくれたどんなものでも喜びたい、いつも笑顔で感謝して良い思い出だけを皆に残していきたいと思ったのだ。

初期だったし、もう治療後5年たって再発の危険がなくなったので、笑い話というかネタとしてこうして書けるようにはなった。しかし許せるか、というとやっぱ許せないですよ。あっちもパニックになってたのかもしれんが、もうちょっとやりようがあるだろうが!看護師とは思えん!と相当怒って治療が落ち着くまで音信不通を貫きました。

暑い日には熱いものを寒い日には冷たいものを

いつも実母の言動は、悪意があるんだかないんだか分からない。きっと悪意はない。人に話すとホノボノするエピソード^^と言われた。「良いお母様じゃないのお~。わがまま言っちゃだめよお」と。そういうのセカンドレイプっぽいから!当時は、ほんとに悲劇(喜劇?)的で辛かった。腹立つが、それが毒親かというと、そこまで憎みきれない「何か」がある。

これはウルトラの母▼

母親の言動は、茶道の神髄と反対にある。茶道は、暑い日には冷たいものを寒い日には温かいものを。という「思いやり」であると聞いたことがある。

しかし、我が母は舞い上がると、暑い日には熱湯を、寒い日には氷を家族に与えてしまう人なのだった。(あくまで心理的意味です)なんでそういうことをするのだ、そういうことをしたら人が怒ったり泣いたりするに決まっとるじゃないかと聞いたら、母の母もそうだった、と。そういうことをされても辛抱するのが子供の努めと愛情である、なんてことをサラリと返事してきた凍ったものだw

悪意はないけど楽しんでるだけ

話を元に戻そう。

フルーツティーを飲みながら「不妊のあんたがかわいそう。私が健康に産んでやれなかったばかりに…」とさめざめと、楽しそう。うん、奴は、人の悲劇や不幸を聞くと、こうして”楽しむ”癖あるよなあ。女性誌のゴシップを噂するように…。

私をいじめ回していた時代を思い出し「あのとき、あんたと暮らしていて楽しかったよ…」とお花畑な表情をする。なんで?私が一人で家中の家事やっていたとき、あんたは私に「あんたとお父さんいなければ幸せだった」って言ってたよね。で、家族の誰も私と口をきかなかったよね。あんたが怖いから。私をスケープゴートにしてたよね。その時代を楽しかったとか言うか。おい。

こういうときに言い返さないと、またもや今晩ため込んで、眠れず、一週間は胃が痛くなること必須である。母の日、夏の帰省のたびにこんな思いをするのはもうまっぴらごめんだ。

言い返せジャブを出す振りだけでもいい

言い返すのだ。相手が変わらずともいい。自分がストレスをためないために言い返すのだ。

「そういう言い方やめてくれる?私は確かに辛かったけど、自己責任なのよ。35歳で結婚して子供ができない確率が高いのが当たりまえだよ。ほんとに欲しかったら20歳からセックスしまくれば、今頃子供がいっぱいできてたかもね?!でもそれを選ばなかったのは私なんだよ。50歳まで高度治療にチャレンジする人もいるけど、私は選ばないの。それだけだよ!自分で結論を出してそうしてんの!誰でも失敗したりして、そんでも前に進んでんの!」

と一気にまくしたててみた。うん、調子いいぞ。46歳のオンナが口に出すセリフとは思えない中二具合だが、若いときに言えなかったんだから、今言うしかないのだ。

「おか~さんは、年寄でシワだらけで、可哀想だね!夫婦仲も悪かったし亭主は早く死んで、子供を4人も産んだのに、みんなに母の日も祝ってもらえず、避けられて、かわいそう!かわいそう!人生失敗だったねって言われたらどんな気分よ!?」

母「…」

「え、どんな気分よ」

母「…私、失敗してない。頑張ってきたよ。」(涙目)

「そう、私もそうなのよ、頑張ってきたけどうまくいかなかった。上から目線で見下げられたくないのは誰もが同じよ!お母さん!わかってくれる?」

母「うん ごめんよ」

ちょっと分かってもらえたようだ。でも、きっとまた忘れて、また会えば、この類のことを言うにきまってるのだww

でも私は母を憎みきれなくなってきた。だんだん私も母のことがわかってきた。

きっとうちの母は、、、そして私も、、、

そう、たぶん母は発達障害(ぎみ)なのだ。医者じゃないから、こんなこと勝手に判断したらいけないけど。近年になって、発達障害という個性や病理について、本やメディアが取り上げられるようになった。

自分も、集団生活が不可能とか女性同士の空気を読むのが異常なほどダメとか悩んでいたから、そういう本をものすごく読んだのです。で、更年期やPMSの女性特有の不安状態のリズムの関係とか。

それを知っていく過程で、あ、そうかも、私は母に似ているのか、と気が付いた。

母親は毒親じゃなくて、発達障害(ぎみ)だけなんじゃないかな、と。加えて生理痛やPMSが重い人だったのでは。しょっちゅうどんよりしていた。40代後半に性格の悪さ不安定さに拍車がかかっていたから、ひょっとして更年期も重かったのかも。今、その年に自分が近づいていて、思い当たる節が多すぎる。

汚部屋住み片づけるのが超苦手。ものを捨てられない。失望したり落ち込んでいる人、大事な人を亡くした人に無神経なことをシレッて笑顔で言う。だから友達も少ない。空気がまったく読めなくて、自分が舞台の主人公のように振る舞ったり。何か集中して物事をはじめたら、他のこと(家族の世話や約束事)とか忘れたり。看護師時代の仲間関係がうまくいかなかったり。でもめっちゃ頭良くて、ケアマネージャーの試験に60歳で通ったりとか。文章や絵が上手で、雑誌に何度も入選したり、絵本を作ったりとか。

あ、そうだったのか。私と似ているなあw(私はそこまでじゃない…と思いたいが)

と気が付いた。最近ご縁で会った知的障害の方も母と似ていた。私は専門家じゃないのでそういう観点はその病理の人全てそうかどうか分からないけど。たとえば優しいのに、悪気がないのに、他人との距離感が近すぎたり遠すぎたり。すぐ注意事項を忘れてしまったり。「これはしないで」という事を(他人の)関心をひくため、わざとやってみせたり、とか。他人の感情には無頓着なのに、自分が拒否されると落ち込んで閉じこもって傷つきやすいとか。嫌な人、というより、自分と似たとこもあり、愛さずにはいられない人達。

母もそれ(ぎみ)だったのかもしれない。(ぎみ)というのは、(ぎみ)じゃなければ、社会ではやっていけないだろう。医療職とか就けないだろう。

病気だと割り切れば許せる(場合もある)

病気なら仕方ない。私も世間に許してもらっているのだから。もうあんまり憎むのは止めよう、と思った。私の中で、だんだん割り切れてきた。

本当は所謂、毒親なんかもしれませんがね。自分を守るため、そう思って許そうと思った。憎みすぎたら自分が病んでしまうから。母は(ぎみ)。こう思うことで、自分を救っているんだろうな、と思う。

とはいえ、嫌なこと言われたら、即言い返す、というのも自分を守るため、やっていこうと思う。言わないとため込むからね。

連鎖している曾祖母 祖母 母と娘の葛藤

私が母への葛藤を一気に言うと、

母「そうなのね。あんた、私にわだかまり凄くあるんだ。他の子供もそ~かもね。私も今おばあちゃんにワダカマリが実はあるのよね。あんたもそうなんだ」という。

なんと母は、自分の母(私にとっての祖母)のこと、今も恨んでいるらしい。母の母は、90歳で、今介護施設暮らしだ。

母「年をとったから許せるかとそういうわけではないね。私の母親も90になっても死んでしまった自分の母親にいじめられたって未だに怒ってる。90歳になってもだよ!母親に恨みがある。そういうものかもしれないねえ。ずっと愛してほしかった、て思ってるんだねえ」

そうなのか。わだかまりって連鎖するのかな。それともどこの母娘もそうなのかな。

それでも縁は切れないから

「娘はさ、みんな大変なのよ。でも、オカンは今それでも施設にせっせと世話に行ったり会いにいったりするわけでしょ?どうしてなわけ」

母「そりゃ、大事だからね」

「私もそ~だよ。オカンのこと好きで心配だから、ときどきは顔を見せてね」

母は嬉しそうにした。

…ようやく云えた。本音で。元気でいてほしい。嫌いだけど好きだから。ひどい娘でごめん。そして娘を産むことができなくてごめん、とも思った。

もらった鞄大事にするね。来年は財布を買ってね。元気で。無理しないで。辛いときは昼寝。寝たらいいよ、うちの遺伝はみんな低血圧で生理が重いからね。寝てやりすごすんだよ、とJRの出口で手を振っていた。