更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

「アイアムアヒーロー」の感想

GW中、売上が思うように行かない日があって

あ~落ち込みそうだな、誰にも愚痴れないな、一人で落ち込んで寝て、翌朝浮上するしかねえな、て職場からの帰り道、そういや今日は映画のレディースデーなのだと気が付いた。

昔、治療絶頂期、どんよりと丸一年費やして、動くのもままならない状況で、唯一の楽しみといえば、映画であった。うん、そうだ、映画観よう、映画!

ゾンビ映画「アイアムアヒーロー」を観て帰った。

こういうときは、こういうパニック恐怖もの、ガーンとワーというのが効果的なのである。ハートフルウォーミングなものは観てはいかん。よけい落ち込むのだ。

真田丸での長男を演じている大泉洋さんが主人公だという。あちこちのブログレビューも絶賛のようだ。

めっちゃ良かった。

深夜のレイトショーなので、夜の帰り道がゾンビが出てきそうでゾクゾクしましたがww

原作をもう一度読みたくなった。「アイアムアヒーロー」はスピリッツでリアルタイムで読んでいた。

浦沢直樹に西原理恵子に花沢健吾、浅野いにお、のりつけ雅春、真鍋昌平。

グラビアアイドルが表紙を飾るようになってもスピリッツの漫画が圧倒的に時代のリアルと空気感を映し出す漫画雑誌であることは今も変わらない。

コンビニで売っていた、700円の。単行本3冊分が入っている。

この漫画、非常にコマ割りや構図が映画的なのだ。映画の影響を受けた漫画。それが再び映画になった。

映画も良かったが、漫画はやっぱ圧倒的に良い。

泣ける。

今読んだのと、昔読んだ感慨は違う。

ぐずぐずと売れない漫画と夢をかかえて中年期に突入した主人公の葛藤。アシスタント仲間の三谷さんには微笑みつつ、嫌な感じの共感が押し寄せる。あ、こりゃあたしだww

そうだった。ゾンビが出てくるまでひどく長いのだこの漫画。1巻のほとんどを英雄の日常と葛藤に費やすのだった。

(原作にも、映画にも「ゾンビ」という単語は出てこない。自明すぎるから)

暗闇恐怖症の主人公、英雄。夜の闇の中から自分の心の化身のような幻が登場する。(いずれその妄想の幻が現実となって押し寄せる)つまり彼は、ゾンビ騒ぎに巻き込まれる前、心身症だった。絵描きや漫画家志望者には珍しくない。

そんな英雄を暗闇から救う唯一の女神、彼女、てっこ。(後半に、女子高校生ヒロミが登場するが、それは後の話である)

性愛と母性愛。

映画ではこの てっこ の描写が大幅に省かれていた。

しかし、このてっこの変貌が、一番恐ろしく、美しいシーンであることに間違いないだろう。

夫は、てっこが君に似ている、と言った。

もう、その葛藤は終わってしまったが、生理が近づいて、あ、妊娠してないと気が付きはじめたときの自分の身体の辛さと変貌と激高と落ち込みが、てっこの「変身」そのものだと思った。

毎月そんなものを繰り返し、よく棄てられなかったものだ。そういえば、私の夫も「ひでお」という。申し訳なかったと思う。

てっこは、ゾンビになって暴れる自分を抑えられない。ウイルスなんだから、一応病気だ。その病状に振り回されつつ、攻撃を繰り返しながら、自ら歯をくだいて愛する人を守る。

ひ で お く ん だ い す き

作者は、女性のヒステリーをよく知っている笑

この漫画と、映画が日本的ゾンビ、という高い評価を受けるのは、繊細なキャラ描写にある。日本漫画的なキャラの立ち方というのがあって、それは単純な勧善懲悪ではなく、一種のおかしみがある。それは鳥羽僧正の鳥獣戯画絵巻のようなものだ。

宗教も政治も、商人も、動物になぞらえ、はしゃいで暴れる。

正義(?)側の主人公と仲間のみが個性的なキャラ付けされているわけではない。(西洋のゾンビは、戦う主人公善、ゾンビは悪という単純な対立構造である)

この漫画は、ゾンビすら、キャラクターが際立っている。同じゾンビはいない。元女性、男性、サラリーマン編集者。元友達、元彼女、元妻、元ゾンビ一体一体がキャラ付けされ、動きが個性を持っている。一人一人がニッポンの日常を生きていた一人一人だった。

ゾンビは、ゾンビになってしまったら、自分の執着していた日常を繰り返すのである。

新聞配達員は勧誘をしつづけ、棒高跳びに熱中したら、ゾンビになっても、飛び続け、買い物が好きな主婦はショッピングモールをうろつくのである。

絵描きは、きっとゾンビになったら、筆を持って絵を繰り返し描いているだろう。そういう情熱的な人を何人も知っている。

私がゾンビになったら、以前なら「子供、子供」と言うのだろうか。今は、すっきりしているので、きっと「いづうのサバ寿司」とか言うんだろうな。