更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

映画「怒り」 蛇顔の男たちの逃走

じっとりとした憤怒の映画「怒り」

暗黒重圧系の俳優、渡辺謙。

かつての独眼竜政宗だった渡辺は三谷幸喜のドラマには登場しません。画面が暗すぎるからです。今や十字架を背負うかのような暗い存在感で今や世界的名優です。

彼が筆頭に出ているので、もうこれはどっぷりと久しぶりに暗い日本映画を楽しめるぞと楽しんできましたよ!

加えて、豪華キャストがすごいです。

「怒り」オリジナル・サウンドトラック

「怒り」オリジナル・サウンドトラック

 

 

犯人はこの三人の誰か

森山未來、松山ケンイチ、綾野剛▼

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綾野剛 2009?2013?

 

えらいことキャラの被る人達だなあ。全員蛇顔の男なんですよ。

皆、今をときめくイケメンさんばかりですが。

matome.naver.jp

いわゆる爬虫類男子というやつです。

なんで、この手の顔ばかり出すんだ。渡辺謙の濃さを引き立てるために?などと思いましたが

観たら分かりました。

この三人のうちの誰かが殺人犯なんです。蛇顔の男が指名手配されていて、たぶん変装整形したりして数年潜伏している。

犯人は森山未來、松山ケンイチ、綾野剛

この三人のうちのどれかだ!わざと似た雰囲気の三人を登場させたんです。犯人がどれか視聴者に推理させるために。

最後まで謎解きはなされず、ぐいぐい展開される物語に眼が離せません。

日本にいる無名の匿名の若者たちのアイコン

その推理仕立てで日本の3か所でのオムニバス形式の物語が進行していきます。

李 相日監督特有の、リアリズムな底辺かつ荒涼な風景の中で立つこの三人。全員が闇夜で怪しく眼をギラリと光らせる。誰もが怪しい。

指名手配の写真とこの三人の顔を観ているうちに、だんだん訳がわからなくなり同じ顔のように思えてきました。区別がつかなくなりそうで何度も眼をこすってしまいました。

これがこの映画の狙いなのかあ、と合点しました。

ネット上にいる匿名のあの誰か。没個性の大勢の一人のワタシ、オレ。

三人とも非常に個性的な俳優さんなのに、どの人も、匿名のアイコンに思えます。

この現代日本に潜伏しているヌラリとした爬虫類のような血が通っているのかどうか分からない無表情の底辺にいる「あいつ」。

かつて狐顔の男がグリコ森永事件の犯人として指名手配されました。

蛇顔こそがこの新しい時代の絶望の表象です。

三人の離れた眼、長い首、平べったい長い口を見ていると、不思議な気分になります。

あのリンゼイさん殺人事件の犯人が映画のモデル

この物語にはモデルがいます。整形して日本中を逃亡していたあの市橋達也です。もろ露骨に。まさにこの映画は彼がモデルです。蛇顔時代の新しい幕開けです。

女性の木嶋佳苗の豊満さと男性の市橋達也のノッペリとした細い線に、平成時代ならではのモンスターの萌芽があります。

リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件 - Wikipedia

彼の顔写真の一群をグーグルで見ることができる。

市橋達也 - Google 検索

思いっきり蛇顔ですね。。

彼の逮捕は大阪南港だったので当時大阪に住んでいた私は事件をよく覚えています。一青年が、女性を殺害し整形をして日本各地を仕事しながら2年も逃亡という事件。その残忍性と、イケメンだと揶揄する声もネットにあり、おおいに取り沙汰されたものでした。彼の成育歴人間関係、逃亡中の彼を取り巻く人々との愛憎、逃亡を原作者は想像し物語にしたためたのでしょう。

みっつの物語が切ない

勿論小説映画はフィクションですが、逃亡者であろう三人を取り巻く人々にも人情愛憎があります。

東京 沖縄 千葉の漁港 で繰り広げられる3つの3人の犯人(らしき)若者の物語。

少しずつ同時進行しながら掘り下げられ人間模様の描写が進行します。少しずつ無口な無表情のような若者たちの、ちょっとした仕草や告白から、そのキャラが際立ってきます。同じような顔で同じように無名で底辺にある彼や彼女や私や僕にそれぞれの個性、愛着や家族や人間関係があります。だんだん彼らを愛おしく思えてきます。

いまどきの心のうちを明かさない若者たち。彼らが、いかにこの生きにくい時代を悲しみ寂しさの中で精一杯生きているか痛いほど伝わってきます。いつしか、

この三人のうちの誰も犯人のように思えかつ、誰も犯人であって欲しくない、

という気持ちになります。

誰も犯人にはならないで幸せになってほしいと期待している自分がいました。それほど、魅力的に演じられていました。

しかし、…犯人はいました。結果は観てのお楽しみです。

直接的すぎる感情表現

監督が韓国の方でしょうか?

同監督作品の「許されざる者」でも思ったんですが、

www.hagipu.com

「怒り」の爆発ポイントがちょっと私には相容れないかなあと思いました。

女性をはじめ「わ~~~~」とやたら泣いたり叫んだりやたらとするんです。あと、天下の泣き俳優 妻夫木聡も泣きまくります。

それをやればやるほど、そういうのを観れば見るほど私、泣けなくなるんです。辛いとき、わあああぎゃ~ってのは欧米人にしろアジア人にしろ当然の感情表現です。

日本人は違う気がする。その点は他国が悪いというのではなくて、日本人の感情表現だけが抑圧的で暗喩的でねじ曲がっているんですね。ニュースでも海外の人は喜怒哀楽が強いけど日本人って静かじゃないですか。

しかし、最近はストレートな感情表現も日本に浸透しているんですかね。余命映画は大嫌いなんで観ないんですが(まさに余命ポルノです定期的に制作上映される癌余命映画、なんとかなりませんか)予告編の近日公開の余命映画もわあああああ~と泣いてました。オナニーに思えてしまいます。ほんとに大事な人を亡くすときあんな風には泣けないですよ。私はそうでした。ぎゃあぎゃあ泣くのは回りに見せてまわりたいアピールしたい人に思えます。

政治的メッセージが露骨

惜しむらくはこの映画ストレートすぎる「怒り」という政治的意図が強すぎて、その表現が泣き叫ぶ女性たちの演技に反映されているところ。わあわあやると伝わってこないんです。

映画を見に行く途中に、また老人たちのデモをみかけたせいでしょうか?今日も「スーダンがどうのアベ許すまじ!!」のシュプレヒコールが聴こえていて

スーダンとかあんたに何の関係があんの

と思いました。ウッドストックで彼らの時は止まってるんじゃないかと。私はこの一年左寄りの老人たちに接する(というか粘着された)ことが多かった。まるで同窓会のようにウキウキと太鼓を叩く人々が来週来月も沖縄に行って手伝うんだ命がけだぜそれが俺たちの使命なのさ君は沖縄の怒りが分からないのかものを知らないんだね!と眼をキラキラ輝かせる年金暮らしの艶々した人々を知っているせいでしょうか。

なり替わり政治闘争は好きじゃない

すいません、私は「私」を主語にしない人々の政治闘争には興味ないんです。左ですら右ですら。沖縄の人が自分の問題として闘争することは分かります。しかしフェミさんが近年急に同性愛者の権利を騒ぐようになりましたね。ですがフェミさんは全員レズビアンなんですか?違いますよね。同性愛者の権利は同性愛者が闘って勝ち取るものです。

私は自らの問題は自ら道を開くしか解決策はないと考えています。どちらが良い悪いかの善悪ではなく、現実的なことです。ユダヤ問題にみられるように、力と知恵をつけて実力で凌駕しないと「生存権」は獲得できないと考えています。

当事者でもない人が弱者の権利のために代弁闘争すること、それは被災者でもないのに、不謹慎だ震災被災者の気持ちを考えろと廻りに声高に言ってまわっていた人と同じに思えます。

私は私の当事者問題にしか「怒」を感じない

「私」の友人が困るから保育園問題に声をあげる、「私」が実感しているから不妊治療とそれを取り巻く社会に自分を意見を述べる。「私」が「当事者」だからです。

こうしている間にもあの国のあの人達が可哀想だ人権蹂躙だっ居ても立っても居られないっていうのは素晴らしい正義のように聞こえます。弱者の問題をいかにも「知らないでしょう?」と叫べば何者かになれたような気がしますもんね?

しかし、明日の自分の仕事、家族介護家事、子育て、自分の作品はなんですか?あなたの作品って他者の弱者の声を代弁することですか?

自分の問題「私」から逃げてるだけじゃないですか。眼をそらすために上から目線であれこれ言うための手段にしか思えません。スーダンアフリカ沖縄沖縄オスプレイ騒いでいる関西の活動家のおばちゃんたちは自己実現したいけど「私」を主語にするのは嫌「私」の問題で矢面に立ちたくないのね、と。代理闘争をする人は、弱者の虎の威を借りて自己顕示しているだけに見えます。

私は我が事「私」を主語にできるものにしか賛同しません。活動したくないです。

映画終盤にはだんだん、三人の若者のやるせない時代への怒りからどんどん

こんなに辛いんだ!ひどいんだ!さあ、今ここで泣け!!という風な演出過剰になり

そこにどんどん引いてしまい我が事にどんどん感じられなくて共感できませんでした。すいません。

戦闘機がキンキン飛ぶ沖縄の空、米国にレイプされる沖縄、さらに深読み(石壁に描かれた血の怒りの文字は戦時中の韓国捕虜のレトリック?)したら日本にレイプされる韓国 に怒ってほしい 怒るべきだ!

という政治的メッセージを露骨に感じて、そこは興ざめしました。「怒」のフォントライン線が太すぎるんですね。泣けません。怒れません。坂本竜一の悲壮で美しい音楽も一層ラインを歪にしているような気がします。

渡辺謙演じる親父の愛の演技に泣ける

むしろ渡辺謙のちょっとした演技に涙が滂沱と出てしまいました。

あの渡辺謙が今回は、漁港で働くオヤジでした。それが実に普通のニッポンの親父なんですね。ただの娘思いの。

渡辺謙の親父はどこにでもいる日本のお父さんで。ちょっとお腹が出ていてくたびれていて、剥げてて。口下手の。

あの世界の渡辺謙がですよ。むちゃくちゃ、普通の親父になりきってました。

謙…!恐ろしい子!!

親父の娘がね発達障害な子で、宮崎あおいが演じてるんですね。その娘に対する思いとか静かな愛情とか悲しみとか、渡辺の手や眼の小さな動きですごく分かる。すごいです渡辺パパ。そのちょっとしたちょっとしたところに、ああ、「私」のお父さんの悲しみだ、愛情だって涙が止まらない。

若者の単調な激しい「泣き怒り」より渡辺謙の親父の眼のそういった表情に感情移入しちゃう私は、きっと年が親父に近いからだけからかもしれません。

この映画、ラストも案の定、非常に後味が悪いですが、この渡辺謙の「父性」の演技が素晴らしくて優しい「父の愛」が物語全体を覆っていて、それが本当に救いでした。

母性はなかった。母親の愛の描写の必要はなかったのか。むしろその失墜を訴えていたのか。

この没個性的な時代の死んだような蛇顔の悲しい若者たちを救えるのは、お父さんだ。温かい父性が必要だと訴えかけているような気がしました。


「怒り」予告

怒り(上) (中公文庫)

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追記:ホモシーンやばい

あと、特筆すべきは妻夫木聡と綾野剛の同性愛です。すごいです。

また森山未來の運動能力がヤバすぎます。ダンスをされているのでしょうか?際立った身体能力に痺れて息がおかしくなります。

このためだけに映画館に足を運ぶ価値はありますよ。

▼まさに市橋達也の映画もあるようです。主演はあのディーン・フジオカさん!あの甘いマスクのイケメンさんがこのような映画に出演されていたとは!

I am ICHIHASHI 逮捕されるまで

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 また、犯人の逃亡映画(無実の罪を着せられてではない)の女性版といえばこれ▼

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 リアルで面白いです。