更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

卒業したアーケード

やはり悔しい

一年慣れ親しんできた大好きなアーケード営業を手放すことにまだ踏ん切りがつかないです。

昨日のような半犯罪者のようなタチの悪い客に絡まれ目を付けられてしまったら、どうしようもない。こうまで次々と高齢男性客に絡まれストーキングや居座りをされるのは自分の対応が悪いのかと昨日自問自答しておりましたが、今年の大会でも子供向きのブースを作ったのに、年配男性が殺到したし、数年前の日記でも老人に追いかけられている書いているので、自分はそういうものを惹きつける何かがあるのでしょう。

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あまり自責すると自尊心がどんどんなくなり、よくないんですが、接客のプロなら彼らを「あしらう”べき”」出来なかった自分が悪いと考えて落ち込んでしまいます。

絡む人は絡んでくる人が悪いし、痴漢やセクハラをする奴はそいつに問題がある。その本質を否定して、女性自身のスキルや服装や性格が彼らを惹きつけるのだ、という昔から風潮に沿って反省したら、鬱になってしまい、外に出られなくなります。

徘徊クレーマー・ストーカー老人が多すぎる

接客スキルを高めたところで

対応を良くすれば、彼らは居座るし、悪くすればキレて暴れるし。そういうのも接客の一部だと納得しつつも(お金払わない人達なんだから客ではないんですが)暴力的なのやらストーカーなのとかもう逃げるしかないのね。どないせいっちゅうんですか。

昨今の団塊世代一斉退職、暇で寂しい老人が街中を徘徊してそのターゲットに私が成りやすかったと、その程度の反省をしましょう。老人が近寄らない営業形態にしていくしかないのです。今後。

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そういう時代なんだから、しょうがない、そういう人達を相手に商売を替えたらという人もいますが、彼らはお金を出さない出せない層です。加えて、彼らは商品が欲しいのではなく、愛情や長時間の傾聴や性的対象、サンドバックを求めているから問題なんです。

だからそういう人に絡まれにくいシステム、場所に移るべきだと。

男は番犬だ

露店というものは、そういうものだと。実店舗がないということは、そういうリスクがある。しかし同時期にやっている他の露店さんは、男性が常駐しているのであまり絡まれていない。

悔しいですが、男手っていうのは必要ですね。

よくうちの母が「男なんて何の役にも立たないけど、女だけで生活していたら、変なのがいっぱいくる。だから番犬として置いておくために結婚した方がいい」と言っていて、どうしようもないこというな、この人は、と子供心に思ってました。しかし、一理あります。

この一年、毎回のように、男性高齢者が必ず絡んできましたが、思い出すに

絡まれなかった日があって、それは、パートナーの絵師が男性だった時だったんですね。それも、年配の少しコワモテの方が一緒にいてくれたときは、変な人を目だけでシッシと追い払ってくれて、ありがたかった。私もシッシとやってみましたが、逆切れされるか何かのプレイかと余計喜ばせしまいましたので。。。

アーケードという場所

商店街・アーケードの良いところでもあり、悪いところであり。そういう治安の問題も昔ながらの「商店街」が衰退している要因でもあります。

アーケードは家族連れが来にくいからです。イオンとかなら、広いトイレやベンチもあり警備員がいて、安心して子供と一緒に買い物とかできるではないですか。

しかし、私の営業していたアーケードは、子連れも結構いて、治安がいい。シャッター店もなく、素晴らしい店が一杯ある活気のある商店街です。それだけに大量の人々が通り、最近では外国かと思うほど、インバウンドの人々が通っていく。その人達が最近の主なお客様で、非常に賑わってたんですね。

ルサンチマンを晴らすジジイ

昨日の男性は、外国人を追い払ってやったんだ!と意気揚々でしたから、そういう現在の日本の観光地の状況を苦々しく思っている。自分の状況との格差で当たり散らさずにいられない、ミニテロ?といったところでしょうか。

いや、昔からそうやって荒らして回っているという人らしいから、外国人は関係ないのか。私に向かってなんでここで営業してるんだとか言ってきたから所謂「誰に断ってここで商売してるんや~われ~!」とやりたかったんだろう。

もちろん彼は商店街とは何の関係もない人です。現在はお客様は神様という風潮だから、誰も彼がくだをまいても追い出すことは出来ない。それを逆手に取って、徘徊して各店にいちゃもんつけて回っているのですね。

外国人にしろ、私にしろ、女性従業員にしろ、自分より弱そうな、反撃してこなさそうな人を見つけては攻撃してまわるのです。弱者は弱者が大好きだから。

お客様は神様だと私も思ってますけど、購入する人、あるいは購入を検討している人が神様なんですよ。客という立場を利用して弱いもの苛めをして気を晴らすジジイなんて客じゃないですよ。

道で商売している弱弱しそうな女性に絡んで溜飲を下げたかったと思われます。そこでその女性がサ~と警官呼んできたから、逆切れしたと。

交番に行かなければ良かった?

だから、私が奴の当たりちらしにジッと耐え、泣きでもしたら良かったのか。警官を呼ばなければよかったのか、と考え込みました。しかし、私が耐えても、いい気晴らしサンドバック相手として目を付けられ、営業妨害されるんだから、どのみち、これ以上、ここでは商売できないのだな、と。

あの日、あのままポリスを呼ばずに男に言いなりになっていたら、暴力恫喝を確実に受けてただろう。だから、呼んでよかった。

受けてなかったのだから呼ばれても男を検挙できない、しかし、危険だと思ったら呼べと言っていた警察。で、呼んだら尋問して逆切れさせてかえって逆恨みさせるという警察は何してんねん、と思いますが。

いないよりはマシ。ありがとう、警察の人。もう二度とあそこで商売しないです。

光の人々と闇の人々

一応は納得して眠りについたものの、夜中に喘息のような発作と共に恐怖心が湧き起ってきて目が覚めました。喉の奥からこみ上げて嗚咽しました。

ちょうど一年前の夏、自作で縫い上げたノボリ旗を立てはじめた。最初は恥ずかしかったけど、人に声をかけ、頭を下げ、お客様に喜んでもらうために精一杯やった。

紙に描いた絵じゃなくて、「自分」そのものを売っているのだと思った。

数か月もしたらリピーターさんが増えた。毎週訪れてくれる気品のある老婦人が、お釣りはいらないと背筋を伸ばし「あなたは良い顔になってきた」と褒めてくれた。一年前ここで描かせてもらったカップルさんが結婚して子供ができたと再訪してくれて増えたご家族を描いた。俺の子供が昨日生まれたのだとハイになったパパの持ってきてくれた写真から生まれたての赤ちゃんを描いた。仲良しの女子ふたりはもうどれほど描いたことだろう、これから就職でもう会えなくなると同じ絵を二枚描いた。外国人のハネームーン。去年来た台湾のカップルがまた来てくれた。震災のとき助けてくれてありがとう、どういたしまして、とお互いつたない英語で話をして握手した。子供が増えた親戚も描いてくれこの人もこの人も。描き切れず後日ホテルに届けた。イスラム圏の人も欧米人も集団の中国人も韓国人も、この平和な日本で嬉しそうに同じパサージュを歩いて私に絵を描かせてくれたのだった。

光がキラキラ入りこみ、何度もここは世界一素晴らしいアーケードだ、ここで絵を描けるなんてなんて私は幸せなんだろう、と思っていた。

明るく愛情があふれた喜びが多い場所には、それを嫉妬して寂しがる人々も集まる。あまりにも貧しく孤独で誰かを貶めずにはいられない人達を惹きつけて、破壊したいという気持ちを起こさせる。光の後ろには闇がある。

アーケードはそういう矛盾を含んだ場所なのだ。

露店ではなく実店舗を持つことの出来ない私の度量や実力のなさが今回の原因のひとつなのだ。

もうそろそろ卒業して次に行け、と神さんが言っているのだと少しずつ思っている。

パサージュ論 (岩波現代文庫)

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