更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

子無しのキモチ~子供の出来ない作らない私がどうやって鬱から脱したか~

子無しキャラを堂々と生きたいから

子無しのキモチっていう題名ですが

たぶん、延々と今後 これをテーマに書くでしょうから カテゴリを作ることにしました。

さすがにウツになった

「今 鬱っぽいの」なんて言うケースは会話でよくありますよね。そういう「なんちゃって」じゃなくて、いわゆる本当の鬱状態をはじめて経験しました。

癌治療のときもアトピーのときも、こんな風にはならなかった。自分は価値が無いなんて思ったことはなかった。しかし、今回はそう思った。消えてしまいたいとすら思っちゃいましたね。

子供が出来るか出来ないかは、女性にとっての本能に近いものがある。なので、心底落ち込むもんなんですね。

約一週間程度なんですが(そんなんで胸を張るなと言われそうですが)

●何もしたくない

●起きるのも嫌

●何を見てもネガティブ

●眠れない

●何をやってもダメだと思う

●人に会いたくない

病院に行くのがベストなんだと思うけど、行く気力がないからウツなんだと思うのよ。寝て、寝て、ただひたすら寝てましたね。そしたら何となく治ってました。。。。

夫は漫画の通り、筋トレにはまっていた。

私はアスペぎみと最近書いてますが、夫も実は「ぎみ」なんですね。だから子供の出来ない私の気持ちに、そこそこ寄り添うものの、めっちゃ共感はしないんですよ。だから助かりました。(本当は気にしないふりをしているだけかもしれません。ごめんよお。)齢平均50歳の夫婦ですからね、、、諦めたところで、もはや世間も無理強いはしないでしょう。

諦める力が欲しいんです

この10年子供のことばかり考えていたんですよ。眠っている以外はそれに向かって邁進していたんです。ポジティブな夢を抱いて頑張ってたんです。

それがスッポリなくなったら落ち込むに決まってます。

こういうのを見て、あなたのためによかれと思って

「あきらめたらダメよ!」「●●神社に行けばできるわよ」「△ちゃんって友達は不妊治療をして47歳で子宝に恵まれたんだから頑張れ!」というアドバイスをしたがる人がいます。

※そういう人らに心を開いて不妊を愚痴ったわけじゃないですよ。どこからか嗅ぎ付けてやってくる。そして聞かれもしないアドバイスをしたがるオバちゃんがいるんですわ。「子供がいるの~?」の問いに「いないんですよ^^」と明るく笑って答えただけで、このアドバイスの嵐です。癌治療のときもそうだったわ。おばちゃん(私もそうですが)には注意やで。

私は、あきらめてスッキリとして鬱から脱したいというのが願いなのだ 50近くになっても子供が出来る方法を知りたがったり同情可哀想共感を望む人などいない。(いるのかも?いたらすいません)

少子高齢化は国難ですが、、、、

しかし、今や、高齢者が1/4、さらには子供を作らない人が増えまくるという未曾有の事態が起こっている。国難ちゅうたら国難ですが。

ならば国を挙げて子供のいない人をいじめまわし責めたてたら、ますます少子高齢化が進んでしまいます。(それに近い社会ですよね、今)

子供を作らない人もチャレンジするだけしたら諦めてせいせいと働いて、その税金で、子持ち世帯を優遇したらいいんじゃないかと思うんですが、そう簡単なことではないのだろうなあ。

出来る?出来ない?そんな二元論的な単純な時代では、もはや、ない

今までの価値観、聖書のように、老いて子供ができない悲劇、老いて子供ができたら神の奇跡、というような単純明快な物語でなく

私のように 

子供が欲しいけど年齢体調などで諦めた
仕事で忙しくて作れない
男性側に問題がある(近年の研究で半分近くが男性原因の不妊が存在すると分かってきてもはや不妊は「女性」問題ではなくなってきました)
夫やパートナーが子供がいらない欲しくない
私(女性側)が欲しくない
お互い元々欲しくない
同性愛者だから作らない(作れない)
貧困など経済的な問題で作れない作らない
親の介護で結婚できない
性格や容姿とかその他いろんな要因で結婚できない
あるいは要因がなくても結婚したくないからしない
なんとなく…

もっと羅列できるでしょうが やめときます。

古代や昔なら、単に「子供が出来ない女性の悲劇」だけが単純にあった、存在したんですが。今は違います。子無しという状況が色んなパターンに別れ、細分化されているのです。

上記 おばちゃんアドバイスは、その単純パターンのみの二元論しかないから起こるんです。だから「かわいそうに」「こうすれば出来るわよ」と、そういう糞シンプルなアドバイスをするんです。悪気はないんです。自分と他人が一緒でなければ気がすまない同調圧力脳 子供がいるだけでいない人に勝ったとか つまり 知能が低いだけです。

普通のママさんは子無しに興味ない

よく子供ありの人は無神経だとか小町だとかネットに出てますが、最近そうじゃないと気が付きました。

ちゃんと考えているママさんたちは、私に子供がいないと知ったら、その時点で触れないようにする、という配慮をするんです。(いつもすいません)子供以外のことに関しても自分の考えもつかない自分がそれに口出しすることで相手を傷つけるかもしれない事態に遭遇したら、それに距離を置きますよね。それが普通の接し方です。

ズケズケ触れて「アドバイス」してくる人は距離感がおかしいんです。病気なんです。バカなだけなんです。あるいは不幸でマウントする相手を探しているだけ。

それが目立ってしまう。だから子供がいる人=ALL無神経 という図式が出来上がるんです。糞バイスしてくるママさん=ママ全員の代表、という短絡的な思考は絶対やめなくてはいけません。そもそも、そういう場合、まとも人は接してこないんですよ。接して来る人は少数派、接してこない人は多数派です。糞バイス目的で接して来る人は、たぶんママ同士でも何かとマウントしたがるとかで煙たがられてて、仲間に入れないんです。だから子無しにお節介を焼きに”わざわざ”やってくるんです。

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そういった変な人に嗅ぎつかれないようにしないといけない。出来るだけ不妊様にならないよう、悲しそうな顔をしないように用心する必要があります。多少無神経なことをうっかり言われてもゲラゲラ笑ってやりすごす方がいいですよ。ほんとにうっかり、というのは普通の人でも私でもやらかします。そこで少しでも曇り顔をしたら、あ、いじめられっ子だ!とクソバイザー(という単語があるのか?!)を喜ばせ、餌食にさせられます。疲れる社会ですがしょうがないですわ。

大多数のママさんはクソバイスなんてしてる暇はないですよ。

普通のママさんはいい人ばっかりです。

前も書きましたが、むしろママさんという人種は、利他的で忍耐強い素晴らしい人らばかりです。子育ての利害が絡むと強くなりますが、それ以外ではこれほど人間が出来ている人はいない、と感嘆します。

ほとんどの子持ちさんは子無しに興味がないしマウントを仕掛けてくるほど不幸ではありません。

子無し決定鬱はそのうち治る

子無しを決定したのは数か月程前になります。

文字通り、時間が解決する というものでしょうか。

何をするのも辛い 子供のことばかり夢見ていて そのために生活してきたのに。ああ、辛い、辛い、絵なんて描きたくない なんて思ってても、そういう気持ちを絵にしてんだから、結局、なんかかんかしたくなるものです。

無価値な自分っていいますけど、世の中価値のある人(文字通りにとらえるなら金銭的換金ができる人間)なんてそうそういないわけです。

専業主婦が金額換算するなら●●円っていう話がありますが、あなたの子育てや介護や家事は金額に換算するならこんなにあるんだから誇りに思いなさいって言われてもねえ。。当の主婦からしたら、そんな夢のアウラ金額を提示されてもちっとも嬉しくない。じゃあ現ナマ寄越せよって思いませんか?私は思います。

あの人は何万くらいの人間、あの人はそれより高い何万くらいの人間って価値つけあってもどうしようもないじゃないですか。

野の花を見よ 鳥を見よ

うちの十姉妹なんて、金額換算しても一匹3000円にもならんですよ。

柄も変だし。全然懐かないし。でも彼らが体調が悪いと心配で眠れないし、長生きさせてやろうって必死になるし、高級百貨店の小松菜買ってきて食わそうとか思うんです。何の価値もない十姉妹にこれほどの思いを私はしている。

きょうは野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、神はこのように装って下さるなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ルカ 12.28

聖書はカルトで嫌な書物ですが、こういう文章には慰められるんですね。

野にある草花なんてどうせ、踏まれたり明日には燃やされたりもする。子孫も残すかもしれませんが短い命だ、一見役に立たない生き物だけど、こんなに今、きれいに咲いているからええやんか、という内容です。(いろんな解釈がありますが)

誰にどう思われるかなんて気にしないで、今を精一杯生きたらいいんだよ、ということなんだと思います。

子供がいてもいなくても神仏からみたら その価値なんて50歩100歩 みんな短い命だ 目くそ鼻くそを笑う程度ですわ。

甲子園が終わったのだ

とりあえず、なんだかんだ鬱から脱した(たぶん)この状態ですが

例えるなら、

甲子園を目指していた、甲子園に出るために毎日練習を重ね トレーニングを重ね シュミレーションしていた

昼も夜も甲子園のことだけ考えていた

それが、高校三年生のある試合をきっかけに、甲子園を諦めることになった

という状況に似ているのです。

だからしばらくは、「甲子園」(子供)で占められていた脳内が空っぽになってしまった。茫然となってしまい、鬱になっても仕方ないのです。その脳内が「甲子園に行けなかった自分はダメ」「子供の頃からの夢がかなわなかった」という気持ちで一杯になるのです。

しかし、いつまでもそんなことばかり思ってられるほど、人間は弱くないのです。寝て美味しいものを食べて喜怒哀楽に正直でいたら少しずつ元気になるのです。無理やり何かしようとしたら悪化するので、寝るに限ります。

甲子園のことはいい思い出になる

お節介おばちゃんアドバイスは

「高校を留年して甲子園に出たらいいのよ!」(もっと不妊治療したら出来るわよ!)「可哀想ね!私は出たのよ甲子園!」(私は子供がいるけど、あなたはいないのね!)「努力しなかったからしょうがないよね!」(私は若いうちに子供を作ったけどあなたは年とって結婚したからダメでした!仕事仕事って威張ってたからよ、いい気味!)

という非現実的なものなので、ほっとくに限ります。50過ぎても出来るかもしれませんが、私の体はオバちゃんのものではなく、私のものです。

私がもう甲子園に行かない、と決めたんだから、そうするんです。そうまで言うならオバちゃん、おまえが甲子園に池(さらに子供を作れ)この国難のために。努力すりゃ出来るって今アンタが言うたやん。ほめたるわ。

甲子園の砂もその時は泣きながら持ち帰ったかもしれませんが、所詮は砂ですよ。いずれは砂を肴にして飲むくらい吹っ切れますよ、大丈夫。

そのうちもう5~10年もしたら、子供ありもナシも同じような老後を迎えてまた話が合うようになります。

甲子園に行ったからといって、全員イチローのようにメジャーリーグで活躍したり高橋のように巨人の監督になれるわけでなく、身体が老化して引退して老後のことを心配するようになるのです。

アラフィフになると、子持ちさんの多忙な日々が落ち着いて、子無しさんと話が合うようになるのだと思います。そういう感じで話が出来るようになっているのを最近実感しています。(子持ちママさんが気を遣ってくれてるだけもあるかもしれませんがね)

え、今度は孫がいるかいないかの競争になるって?勝手にして~。