更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

『「子なし」の真実~子どもがいないって罪ですか?~』週刊東洋経済

罪なのか!?

子どもがいないってですか?

「罪ですか」「すべきですか?」「いけませんか?」って問い、日本の人好きですね~。

日本人のほとんどが無神論者で「罪」の概念なんてヨソの国の人に比べたらほとんどないだろうに…。

聖書なんて、旧新、子供がいない悲劇(父とまぐわって子供を作るほど切羽詰まってるユダヤ民族の歴史)と性欲の罪をこれでもか、これでもか、と言い募る。なので、欧米や一神教の人が罪かどうかの判断基準を持つのは分かるんですが。

日本の仏教や神道に「子供がいない人は死すべし」なんて明文聞いたことがないんですが。

日本人にとっての「罪(つみ)」は

オラが村でオラだけこんなで、村八分にならねえべか

っていうのが罪、ということでしょ?だから皆PTAも町内会も辞められないのだ。村の定期的に行われる唯一の娯楽、村八分祭りの鬼になるのが怖くてしょうがないっことでしょうが。倫理観とまったく関係ないですよね。

子供がいるかいないかで罪かどうか 無神論者のアタシには全く関係ないです!自分で決める自分の問題ですから。

なんで他者の眼ばかり気にするの?

発言小町にしろ、知恵袋にしろ、この問いかけが多すぎませんか。罪を定める神仏なんて信仰しちゃいないのに、何でそういうクエスチョンするんでしょうか。

「そんなことないわ!」「あなたが正しいの!」「わかるわかる、うんうんっ」「一人じゃないよお」て誰かに言ってほしいのね。

みんな一緒じゃないと不安になるDNAがこの日本列島には流れてるのよね。。

女優の山口智子の「子供がいない人生」を選んだ

だからこそ、自分で自分の決断や判断を公の場で言い放った小梨の女優 山口智子さんは偉かった。

彼女のまったく悪びれない姿勢が罪だって云う人もいるだろうし、いないだろうし。実際賛否両論なの分かってて気にしない、私は子供がいらない、そういう価値観だ、そんなの他人に決められることじゃないわってはっきりと清々しかった。

www.joseishi.net

記事を読むとね、子供の件なんてほんの数行しか書いてないんですね。

私はずっと、『親』というものになりたくないと思って育ちました。私は、『子供のいる人生』とは違う人生を歩みたいなと。

他は人生観とか生活観とかについて。上記のたったの1~2文にこんなに世間が反応して、ご自身もびっくりなさっているのではないでしょうか。しかし、この一文を堂々と言う人なんて、今の今までいなかったのです。

イラっとした人もいたようですが、勇気づけられた人も多かった。

www.news-postseven.com

そんな風に、子供がいないことに堂々とした有名人が今まで全くいなかった。

子供がいない人はまるで、生きててすいません、まさに罪びとですいませんって風体で。お涙頂戴の不妊治療の末、お産をバラエティ番組に公開したデブ芸人とか家族で闘病とか、みんな礼賛するけど、一人で堂々としている子供のいない女性は無視されていた。お茶の間から嫌われるから。

だから山口さんの記事をきっかけに、風穴が開いて、同じ気持ちの人が声を挙げたりするようになったんじゃないでしょうか。

子供がいなくても羊水腐っても毎日楽しく生きていけます

私も、自分の不妊の話なんて、ブログだろうが身内だろうが、一生しないだろうとこの数年思って、秘してやってきた。子ども出来ない、辛いって泣いてばかり、不幸です、悲劇のヒロインですとしか思ってない期間が長い間あった。

しかし、今や、出来なくて羊水腐ってますわ。それがどうしたって言える状況になるとは思わなかった。

今年はじめ、私は、私だけのあるきっかけで、ここで打ち止めだやめよう、と決めたんですね。終わり、はい。子供作るの辞めようって思った瞬間がまさしくあった。そのとき自分が「選んだ」んだと分かりました。

数か月前にようやく完全にやっと子供を作らない、諦める。子供を作る努力や精神力を他に振り向けるのだって決めた。つうか46歳だし。もう、老い先のことを考えるのが正しいと「決めた」のだった。

なぜ「決めた」と能動的に断定するかというと、「決めず」に治療を継続する道だってあるんですよ。現在は、50過ぎても治療にチャレンジする人いますからね。(そうしろってマウントかけてきた人もいた)

www.hagipu.com

借金して、仕事時間犠牲にして、子供のことばかり考えて。誤解を恐れないように云うと、そういう生き方だっていいと思っている。

子作りってそういう命や人生をかけるだけの価値あるものだと思う。

少なくとも私のヘナチョコ創作よりは価値ある人生だ。命を産んで育てるほうが世のため人のためになる。しかし、見渡すと、地球上は、世のため人のためにならない生き物が大半なわけで。私もそっち側の人間になっただけなのだった。

それも気楽だなあ悪くないなあ、と、思っているわけです。(ベストだとは思ってませんよ!)

ついにビジネス雑誌までが特集を!

読売小町やら婦人公論ならともかく、こういう男性サラリーマン向けビジネス雑誌でも特集されるような時勢となった。

びっくり仰天です。

東洋経済が子供のいない人生について特集。

こういう特集を組まれる時代になったとは…。あまりにも少数派だと売れないわけですね。雑誌として。でも男性向けに「子供がいない夫婦」特集で売れると踏んだ編集者。

きっと多くの層がいまや子供がいない夫婦、子供のいない独身として、年取って多数を占めつつある現状があるのです。

子供いらないが約半分

なんと、このアンケート、半分くらいが子供いなくていい、って。

出来ないじゃなくて。(出来ないからも含んでいるのかもしれませんが)価値観として、半分くらいそういう人がいる現在日本の状況なのです。

日本で働いている人(この雑誌の対象者。老人や専業主婦はどうかしりません)は半分そう思ってたなんて。

ショック!?と思う人もいるように、あ~、私少数派じゃないんだ、ほっとしたわ~と思う私。(そう、私も人と一緒で良かったとつい思う日本人気質がちゃんとあるのだw)

サラはいつまでも「不妊」の悲劇を生きた

旧約聖書のアブラハムの奥さんサラは、100歳くらいまで子供がいないのを泣いていた。(この100歳っていうのは何かの象徴で実際には100歳ではなかったようですが)

結局神の恵みで、老いたサラには子供が出来る。聖書にはそういう老婆に子供が出来るという奇跡のエピソードが沢山ある。あの古代は子供がいるかいないか民族の子孫繁栄だけが価値なんだから、そればっかです。聖書って厭らしい本ですよ。。

あ~いうのを昔の価値観だって割り切ってバイアスかけずにそのまま読んでたら、カルト臭くなり、鬱になりそうです。

たぶん、私がサラのようにしていたら、立派な?不妊として扱われるのだろう。

未来永劫100歳になるまで子供がほしいよ、つらいよ、寂しいよ、私はダメな女で価値がない、不幸だよって日々泣いていてほしい、と願う人々がいる。気の毒な社会の罪な小梨として、誰かの気晴らしのサンドバックとなっていたら、溜飲が下がる人達がいるのだ。

マイノリティであった昔なら、そういう目にはあうでしょうが

しかし、今や、多数派とはいかないが、かなりの人が子無しとして一生終えるのであった。既婚未婚問わず。

サラが生涯受け続けたような不妊いじめは、今やハラスメントと呼ばれる。

パタハラとは

なんと、パタハラという言葉があるらしい!記事を読んでびっくりしました。

男性への、パパへのハラスメントのことです。

「子供はいないの?」「子供ができて一人前だよ」

という上司や同僚の何気ない圧力のことをパタハラと呼ぶのですって。

ああ、昔の人、今の年配者は大変だ。こういうことを息を吐くように若い世代に言うし言ってきた今も言ってるんだから。今やこれらがハラスメントだなんて!

セクハラの基準すら分からないのに知るか!と荒ぶる老人達の顔が浮かぶ。

男性も大変だったのだ。夫はこの10年大丈夫だったろうか…。オットも私と同様、どこかアスペ「ぎみ」だから、ハラスメントにあまり気が付かずに、適当に過ごしていた、過ごしている、と信じたい、すんません、ごめん。夫。

この記事にも出ていたフェイスブックの問題も、きっと夫がやりたくない要因のひとつかもしれません。

私も友人の子供の成長はかわいいものの、大して親しくもない知り合いの子供の成長記録はに「いいね!」するのはホントに疲れる。そっとフォローを外さざるを得ない。

子供なしの労働問題

東洋経済はその名の通り経済雑誌で、働く人のお金と問題を扱ってます。

子供がいない夫婦の感情論ではなく、どのくらいお金がかかるか、勤務先でどうか、不妊治療のお金は、海外の状況はどうか、ということにページを割かれていて、大層面白かったです。

そうですね、今や少子化は国の大問題なんですから。経済と密接にかかわっています。

特に、労働のシフトなんかに、子供がいないと不利な状況、

はっきり言えば 割を喰う問題 について、はっきり扱ってくれて、胸がすきました。

資生堂ショック!

資生堂が、子育て社員に対する配慮、優遇策を打ち出したのは数年前。思い切ったことをやるなあ、さすがだなあ、と思ってたら、あっという間に頓挫変節した。

シフト制で、子供のいない社員が土日や夜間に出勤を余技なくされ

割を食った とするのが原因だった。

子供がいる家庭は、土日祝が勤務できない。保育園は休み、夫もイクメンが増えてきたとはいえ、家事育児両立という現状にはほど遠いのだ。

で、土日祝は、子持ちは休まざるを得ない。寝かしつけをしないといけないので、夜間に勤務はできない。その分、子供がいない社員が穴埋めをした。その不満がたまり、社内が立ち行かなくなったと。

どうして、もう少し上手くやらないのか、とジリジリしました。せっかく働きながら子供が育てられるモデルケースになりかかってたのに!資生堂さんしっかりしてや~

たぶん、資生堂のような女性が多い職場でも、両方の声をすくい取り、対策を練る、というのが難しかったのでしょう。日本ではまだまだ途上なのだと思います。

保育園問題も介護問題も山積みですし。

私が独立したのはシフト争いに利用されないため

初めて告白しますが

私のような年の大して実力もない中年女が独立開業したのには、わけがある。資生堂と似た問題があるのです。

同世代が雇われるような職場は、小さい子どもを持つ人が多い。

最初はシフトは平等だっていっても、そのうち崩れてきます。必ずです。

同僚と仲良くなると、”必ず”電話がきます。

「子供が熱が出た、明日お願い」と。

私は明日、比叡山に登山する準備で唐揚げ揚げていたのに。その同僚がいい人であるほど、断ることが出来ません。小さな子は突発的に病になります。お互いさまです。喜んで次の日出勤します。

すると、あの人は代わってくれる人だとの噂がたちます。頼んでくる人が続出するんですね。子持ちは子持ち同士変わればいいのに、色々あって頼みにくいらしい。で、私に殺到した。

そのパート先では子供がいないのは私だけだったので、、、。

ランチの話題も100%子供の話ばかりでした。私は女性同士の会話に入っていく方じゃないし、ただ聞くだけ、で、子供の話やネタを仕入れるのが好きなので、苦にはなりませんでしたが。もちろん変なマウントはありましたけどね。おばちゃんってそんなもんです。

子供をネタにサボる人もいた

仲良しの同僚の子供のためにシフトを代わるのはいいのですが、そうでない人のを代わるのは正直まっぴらゴメンと思ってました。公には云いませんが。

真夜中3時に電話してくる人がいました。

「子供が耳が中耳炎になった!明日あなたが出て!●ちゃんの時も代わったのよね!?子供がいなくて暇なのよね!?

いや、子供がいなくて暇って言ったのは、●ちゃんがあんまりゴメンね、ゴメンねっていうから罪悪感を持たせないために「大丈夫、私は子供がいないんだから大したことない」って言っただけで…。

「子供がもうもたないかも!ああ!可哀想なあたしの子供お!もたなかったらアンタのせいよっお願いよお」という

…もたないって中耳炎ですよね。救急病院に今から行くという選択肢はないんですかね。

「車がないのよお。旦那が帰ってこないのよお」

知らんがな…。。。

その人は普段から嘘ばかりついてサボったり、商品を盗んで帰ったりしている柄の悪いところがあった。なので、その大げさな演技がかった叫びは、嘘としか思えませんでした。

私も不妊治療で、ホルモン剤などで体調や精神が不安な時があります。そういう時期を見計らってシフトを組んで休みを取ろうとしているのに…。

「親戚が来るので休むのよ、ごめん。」というと

「ひどいっ子供がいないから分からないのよ!子供がいないくせにっ」と叫ぶ。

悪意があまり分からない私でも、その物言いは傷つきますがな。黙って電話を切ったら、トラブルになった。あの萩谷はひどいって触れ回られて。

会社が悪い

上司や社長は「これは”女性の問題”だから自分たちで解決して」というだけ。

子供のいる女性同士のシフトを組むのはトラブルが多い。なので、介入したくない経営者が多いんです。子供のいない女性がカバーして黙っててくれたらいいのに、と思っているのがありありと分かりました。

その「女の問題」「経営者は関係ない」という姿勢こそが、今の女性が働きづらい状況を生んだのです。●ちゃんやその女性が悪いわけじゃない。会社側の労務の問題なのに、システムを考えて作っていないせいなのに、見て見ぬふりをして、逃げた。

逃げずに対策を練り続ける資生堂の姿勢はやっぱり立派です。(女性あっての職場だから他の企業より早く問題解決を強いられたという状況でしょうが)

子供がいる人が大変なのはわかるけどなあ

ともあれ、私は、あんなトラブルはもう沢山だと思いました。

そのパートは期間限定だったのですが、それ以後、子持ちの同僚がいそうなアルバイト・パート先は避けるようになりました。しかし、私のような年かさの中年女を雇うところは、結局そういうところになるんですよ。給与も安いし。ブラックが多いし。知り合った女性たちは、「子供がいないの!じゃあいざとなったら代わってもらえるね!携帯番号教えて!」って目を輝かすし。

それほど、子供のいるご家庭にとっては急なお仕事の穴埋め要員がいなくて苦労されているのでしょう。大変なのは分かりますが、、、。やっぱ割くうよな。と思うようになりました。

女性の輪に入れないのは私のアスペ「ぎみ」なのが一因ですが、こういう状況で、同調圧力グルーピング、ママ友のノリに入っていけるほうがどうかしてるんじゃないでしょうかね。。。やはり警戒心が強くなりますよ、ママ達と仕事するはめになると。。。

だから、独立して、適当にフリーで仕事するのが一番いいな、と思って今やこういう形態に落ち着いたんですよ。

独立フリーは、大変ですが、自分で考えてスケジュールを組んでやればいいので、そこはいい点です。そういう目的で独立開業する女性たちが増えてきているようです。もちろん子持ち女性が多いらしい。

企業や社会が変わるのなんて皆待っていられないです。

しかし今や子供好きに

そういう労務とか仕事シフト、となると、子供のいる人は目を血走らせて、休みや早退を勝ち取ろうとする。

しかし、自分が今や、フリー営業自由の身となり、ママという人種と別次元で付き合いだして考えが変わりました。

お客様に子連れが多いというのもありますが。

あまりにもひどい独居高齢男性に絡まれても、それでも、この仕事を辞めないのは。

天使のような子供たちに接しているのが楽しいからなんですわ。

天使のような、と陳腐なセリフをあえて言おう。

養子を貰おうということも一時検討しました。が、それは今の状況では責任を取り切れない、と判断し断念しました。

それでも仕事で良い子に接しているだけで、ほんと、

一緒においでよ~うちの子になるう~?

なんて誘拐したくなったことは一度や二度ではない。

子供から天使的な何か出ている!

ほんと、子供ってかわいいですよね。

似顔絵でもう累計千人くらいお子様を描かせていただいてます。

で、不思議なんですが、かわいくない子が一人もいない。太ってても痩せても泣いてても笑ってても寝ててもかわいい!親も色んな人がいて、一見柄の悪い方もいはりますが、子供さんの前のデレっぷりが可愛すぎます。

子供のような愛すべき存在、それは私のような心の冷たい人間の心をも溶かす何かがある。子供特有のフェロモンか何か出てるんでしょうかね。

光が輝いているような。子供だけ持ってる。そういうものを神さんが仏さんが子供に与えたんですよ。そうでなければ、たぶん、人間という生物は子供を育てよう、と思わない。

生まれつき、石破茂みたいなのだったら、いくら自分の子供だって放棄しちゃうじゃないですか。

きっと子育てという大仕事を人間に全うさせるために、子供に「かわいさ」の属性を備えさせているんだと思います。これは人間以外の生物にもあるのではないか。

うちの十姉妹の子供に我を忘れて親が一日中エサを運んでいるのを見て、一体何が彼らをそうまで駆り立てるのか、と驚嘆しました。

結局 子育てスキルが一番すごいと思う私

悪貨は良貨を駆逐するの反対の状況が、今や私に起こっています。以前、あんなにシフトがらみで、二度と子持ちと仕事したくないとまで思っていたのに、

可愛くてもだえ死ぬ~

こうまでカワ(・∀・)イイ!!のと大量に接していたら…いつの間にか、うっとりしていて、僻みがましい気持ちは消えてしまい、公共の場では子連れに席を全部やれ税金は子供のために使うべしだと本気で思ってます。

マジかわいいし。そして、ママたちも優しい。子供を育てているママ、母親は大天使だ、と最近特に思うようになりました。

よくこういう雑誌にしろ、論調にしろ「子供を育てて一人前というのは間違ってる」という。子供を育てているから、立派なオトナになれるわけではない、と。

しかし、あえて書きたい。あの言うことをきかない小さな怪物を愛して、育ててご飯食べさせて、躾けして、寝かせてってやってたら、

人間成長すると思いますわ!

同僚としてなら、ママさんたちとシフトの取り合いなすり合い合戦で大変だろうけど、そういう利害関係なく接して話していたら、ほんと、温かい、豊かな人達が多いんですね。自治会だって味方してくれて一緒にやれたのは、小さな子供のいるパパママさんばっかりだった。

子育て経験がないとやっぱ未熟なままだと思う

独居男性老人が不愉快で非常識なのは、子供を育てる、ということをしていない、してこなかったからではないかと確信しています。だってあいつら、ほんとに「してもらう」ことしか考えてないもん。

これは憶測ではなくて、

男性高齢者の犯罪率が年々上がっていて、その割合は、現在子供がいない(過去にいたかもしれないが)独居か夫婦のみの世帯が多いのだそうです。そして、タチの悪い男性高齢者は私のような接客業の主婦に付きまとい圧し掛かる、と。

たぶん、あの世代は家事も子育ても妻に丸投げで関与してこなかった。自分が他者に何か与えよう、という意識よりも、他者が自分に何をしてくれるか、ということばかり関心があります。(だから今の子育てに参加している若い男性が年をとったらああはならない、と思う)そういう意識でいるから、コンビニの店員の愛想笑いにしがみついて付きまとうなんていう見苦しいことになるんです。

与えられるより、与えるほうが幸せだと、あの世代の男性が知らないのは本当に可哀想です。

一方同年代の女性は、まったく反対の印象です。温かい感じのいい人が多いのです。同じ団塊だというのに、、、。やっぱこれは他者を「ケア」してきた子育て経験の有無に原因があると考えてしまうのです。

子育て経験のない独身や既婚の高齢女性も良い人が多い気がします。それは女性はやはり他者を「ケア」する職種についてきた経験というのが備わっている、備わざるを得なかった、という社会状況から来ていると思います。

介護士、看護師、保育士、事務でもアシスタント的な部分、そして、笑って接客せざるを得ない飲食業、その他販売業、これらは昔も今も女性が多数を占めています。

子育て経験に代わる何かを、他所で身に着けてきたとしか思えません。

子供がいなくても子供を愛することはできる

よく子供がいない幼稚園や福祉施設の先生、そういう方々が雑誌に出ていて、晩年まで奉仕していたとか。それを読むと、自分の子供じゃないのにどうして?と思ってましたが、最近分かります。

人という生物は一人では生きていけないし、そして、未来の他者ために何かしたいという気持ちがデフォルトなんだ、と。

子供がいようがいまいが。

これからも両方の立場で議論がなされていく

子供を産まない人の権利、というのが社会に認知されるのは大切だと思います。こういう雑誌記事のように。良記事だと思いました。

子供がいる家庭とも相互理解がなされるキッカケになるでしょう。持たない人、持っている人、両方の苦悩が分かりました。どちらかに感情的に偏っていない特集でした。

今や、かなりの数を占める子供を持たない人々。結局、子供がいる人いない人の対立軸がいくらあったとしても、結局、お互い助け合わなくては協力し合わなくては、立ち行かなくなるのです。

この先少子化が解消されるとしても、もっと先のこと。たぶん、欧州のように海外移民を受け入れざるを得ないでしょう。

子供がいなくても誰かのために生きていこう

「与える」生き方を僅かでも目指していくことが、この先老いて豊かに暮らしていくために必要ではないかと思うのです。

だから男女関係なく、子育てなどの利他的なスキルを持っているかどうかが、鍵となると思います。子供がいなくてもいい、何か、他者のために何かをちゃんとしてきているという経験が大事なのだと思います。

会社で部下をいじめないで大事にして育てる、ということだけでも違うような気がする。捨て猫を拾ってきて養うでもいい。

子供がいない高齢化社会へ

これからは、結婚しない子供がいなくても介護を余儀なくされる時代が来ます。

私も私の義務が近いうちにあると思うんです。子育てどころじゃなくて。

女性が黙って長年、請け負ってきたこの仕事を、今や男性高齢者も担う時代になりました。痛ましい介護殺人事件が主に男性が加害者で起きている。その理由にその男性介護者が利他的に「ケア」してきた経験がないためではないかと思います。今まで母親に妻に「ケア」してもらうだけだったのが、今や子供世帯とは同居せず、自分がやらなくてはいけない。若い時にやってこなかった身に着けてこなかった「ケア」する「与える」というスキルを老いて新に身に着けられる男性はどれほどいるでしょう。だからイクメンってほんとにいいと思うんです。ご自身のためにも。ご本人は大変だと思いますが。ママはもっと大変だからなあ。。

老いても介護する相手、与えることのできる家族がいる人は幸せでしょう。

私は、毎週、アーケードを徘徊する独居であろう男性高齢者を見て、時には絡まれ、時には相手をしました。つい笑顔で接してしまい、今やストーカーに悩まされているんですが(苦笑)一人でいる男性高齢者は悲惨だと思いました。同年代の女性は伴侶をなくし、自由に友人を作り老後を楽しんでいるというのに。いや孤立した老人が私の目の前にたまたま多くて、充実した男性高齢者も沢山いるのかもしれません。自分の目の前の印象だけで決めつけてはいけないですね。

何等かの形で、思い通りにならない他者に愛情を大なり小なり注いでいくという経験。それが「欲しい欲しいくれくれ寂しい」じゃなく「与えたい愛したいあの人の話を聞いてあげたい優しくしたい」という老後に繋がるんじゃないですかね。

単に自分のことだけ考え、今までの日本の男性の働き方、権威と上下関係だけを考えて企業にしがみついていたら、女性だって欲しがるだけの老後になっていくんじゃないかな。今後はそういう女性高齢者も増えていくでしょう。

子供がいない人がどんどん多数になっていくので。

私も今やこの先、子供を作らず、一人で自由に仕事をしていく訳です。男性高齢者を笑えません。他者に対して利他的な気持ちを持って活動していかなくてはいずれ彼らソックリの老後が待ち受けているに違いないのです。子供のいない人同士で相互扶助をしながらコミュニティを作るというのも、新しい未来の形ではないかとも思っています。

色んな人に会いたいです。子供がいる人もいない人も。

(男性高齢者を連日あしざまに書いていますが、実感として現在迷惑をこうむり、そう見聞きしているからです。現実はそうでない方もいらっしゃると思います。ご不快になった方には、どうかお許しください)