更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

『特殊清掃 死体と向き合った男の20年の記録』特掃隊長 (著)

孤独死は悪いことじゃない

渡辺淳一さんが亡くなって、五木寛之さんのエッセイがはじまった週刊新潮。

今週のコラムで孤独死のことが述べられていました。

孤独死は悪いことじゃない。人は一人で死んでいくんだ、何人の人に見送られようが、あの世へは一人で旅立つんだ。

絆(きずな)というのは本来は、家畜をしばり繋ぎ止めておく、という意味があり、絆とはそんなにいいものではない。といったことが淡々と書かれていました。

私は、そうだよ!そのとおりだよ!私もそう思っていた!と膝を打ちながら読みました。いいこと言わはるわあ、五木さん。

Kindleを購入した

そういえば最近読んだキンドル本が孤独死についてのノンフィクションでした。

ところで、Kindle本を読む端末…Kindleを購入したのは、自分のマンガをUPして売るためだったんですが、その作業は放置され(すいません、6月中には改訂版の「じぱんぐ」をUPするよう頑張ります)

もっぱら、Kindle本を読んで楽しむ日々が続いています。Kindle面白いです。

最初は、カラーのFireを購入したんですが、こぶりのiPadという感じ。ただのタブレットですね。カラーマンガの表示を確かめるためには必要ですが。いい歳なんで、目が疲れる。

白黒で、目の疲労感が軽減された、▲Kindle Paperwhiteを購入してみました

とても見やすい。寝る前に布団で本読むのが好きなんです。が、紙の書籍を電灯の下で読むと、やっぱり目がつらい。しかし、このPaperwhiteは光が調節できて、ラクチンです。加えてとても軽いので、電車にも持っていってます。充電もさほど必要としない。良い買い物でした。

Kindle Paperwhite

ネックは、本屋で売ってるようなメジャーな出版社の本がろくろくない。値段もそう安くはない。市場が温まってくるのを待たなくてはいけませんね。

つい一度、素人の書いたような本を買ってしまい、その出来の悪さに数ページも読み進めることが出来なかった。プロの本はやっぱりプロなんです。たったの100円だったけど、とてももったいない気がしました。電子出版ってこういうことが多いんでしょうね。(私も気をつけないと…人のことを笑えません)

どれがどう面白いのか?何を買えばいいのか?というのを計る術がないんですよ。電子書籍って。

本屋みたいにポスターや広告、新聞で書評が載っているわけじゃないので…。

口コミこそが頼みとなります。アマゾンのレビューも読みますが、最近は炎上、誹謗中傷、内輪のヨイショも多いので、それらが正しいとは限りません。となると、信頼できそうなアルファブロガー達のレビューや書評が貴重です。ボリュームのあるしっかりした文章で率直な意見を普段からUPしている人たち、彼ら彼女らのお勧めなら買っても大丈夫でしょう。

たしかイケダハヤトさんのサイトだっけ?この『特殊清掃 死体と向き合った男の20年の記録』の紹介されていたのは。そこで褒めておられたので、購入を決めました。

もともと、ブログの記事なのを、Kindle本にまとめられたものなんですね。まさしくキンドルならではの書籍です。とても面白かった。読んでよかった。

特殊清掃の人の物語

「特殊清掃」とは、遺体痕処理から不用品撤去・遺品処理・ゴミ部屋清掃・消臭・消毒・害虫駆除まで行う作業のこと。通常の清掃業者では対応できない特殊な清掃業務をメインに活動している。

この『特殊清掃 死体と向き合った男の20年の記録』は、そういったお仕事をされている方のノンフィクション。

特殊清掃 死体と向き合った男の20年の記録

要するに、この作者の仕事は、孤独死の後始末です。

死体が次から次に登場します。きれいな死体なんて皆無です。腐乱死体、自殺死体、ハエのたかった死体、腐りすぎて液状化して畳にしみこんでしまって消滅してしまったのとか。

うそ…人間の体が腐りすぎて、液状化とか…まじ?なんて思いますが、ウジやハエさんのおかげです。読むと人間もただの物質の塊だという当たり前のことですが、気がつかされます。

なのに、読んでいて、少しも恐ろしくない、汚らしくない。聖別された厳粛な印象すら受けます。これは、作者のお人柄のせいに他ならない。淡々と誠実にこのお仕事に従事されている。死者への生者への尊敬の念がある。自分を高くも低くも見せない。とても品性のある文章で、感動します。

通常なら避けたくなるであろう仕事に向き合い、自分の人生と照らし合わせて、思考を深める。読んでいる我々も、自分のいずれくるであろう、その死について考えをめぐらせる。その思考は恐怖ではない。旅行に行く時、電車で行こうか船で行こうか?とかそんな感じ。この本を読んだらそんな気分になるんですよ。不思議な本です。

孤独死こそ理想

私は、つねづね、孤独死こそ理想ではないかと思ってました。死が近くなると、今際のきわは、みっともないし、息が苦しくなったりもするかもしれない。いわば、あの世に旅立つお産みたいなもんじゃないかな、と思っています。それを誰かに見られるなんて死んでも(?)いやですね。

回りに人がいたら、表情をじろじろ見られ、手をにぎられ「いかないで~」とか「がんばれ」とか声なんてかけられたら、恥ずかしくて死ぬに死ねない。あの世への助走が鈍りそうだ。身体を揺すぶられたりしたら、もっと落ちつかないだろうな。

こちらも「ああ、西方浄土が…」「ありがとうみんな!」「光が…」なんてリップサービス言えたらいいけど、たぶん無理w

「閻魔様許してえ!」「戦国時代…!」「饅頭くいてえ」とかいいそうだ。

ニュースで見る孤立死は…

よくニュースで、一人暮し80歳のばあさんが、夏に熱中症でひからびて死んでた、というのが流れる。そのたびに「こういうのがいいなあ」と思った。要するに、熱中症になるまで、一人でアパートで暮らせていた、ということ。自立してたんだ。なんてうらやましい!そうありたいものだ。

孤立死するには、高齢のその日まで独立、自立できている、という大前提が必要なのだ。

それを目指すには、

そこそこの経済的な安定 寝たきりにならない足腰 一人で楽しめる趣味 孤独に耐えうる精神力 近所とのネットワーク 近くに病院がありコマメに診療が受けられる 気軽に総菜を購入できるスーパーや商店街 災害に強いライフラインの整った住居

などが必須。現代日本では、意外に得られそうで得られない条件だと思いませんか?ひとつならいいですが、全てを網羅するには困難、達成しずらい高度なハードルです。自然にまんぜんと過ごしてたら、いつしか病院や施設にほうりこまれ、孤独死なんて出来ませんよ。孤独死は、選ばれた者の理想形の最後のように思います。自助努力をしないとこれからは孤独に死ねないかもしれない。将来の「夢」としては奮迅努力しがいのあるものだと思う。

せんだっての地震災害のあと、思った。自分の家で部屋で死んで腐ることができるということは、とても平和なことじゃないかと。

一人で死んだら可哀そう?

よし、将来の夢は孤独死だ!と思ってたんですが

あのクソNHKが孤独死の老人の悲惨さをこれでもか!これでもか!と特集番組組むもんだから

「私の夢は主人を長生きさせて見送って、そのあと、下町のアパートで孤独死することです」

とおおっぴらに言えなくなってしまった。

以前もその夢を人に語ったら「そんな悲しいこと言わないで!尚ちゃん!一人じゃないよ!」と半泣きされました。だからもう外では話さないようにしてます。孤独死、そんなに辛いことですかね?

今の日本、孤独であること、”ぼっち”であることが悪である、悲惨であると言いすぎです。それこそ「絆」の名のもとに、お互いを縛り付けているような気がします。そこそこ友人や家族がいたほうがそりゃいいけど、最後は、一人がいいなあって望むのはいけないのかな?

私なんて、兄弟4人いて、長い間、一人部屋がもらえなかったから、ほんま、一人が大好き。いつまでもどこまでも一人がいいですよ!夫に出会わなければ一生アパートで一人で絵を描いてますね!

あ~でも夫は一人で死なせたらいかん、手をにぎって送り出そうとか思ってるから、私、夫の孤独死は私は絶対認めないんですね。それが好きだ、愛してるってことか。友達がそう言ってくれたのは私への愛なんだろうな。ありがとう。

意外に孤独死はメジャーな死

この本は、孤独死を悪とも善とも、幸福とも気の毒だとも言わず、淡々とその仕事のやりとりと現象だけを描いています。

あまりにたくさんの腐乱死体が登場しますが、ぜんぜん、げんなりしない。文章が理性的だから。死体の様子、匂いなどをキチンと書いている。だからでしょうか?解剖学者の養老孟司さんが解説でベタ褒めしている。

読んでいたら、あ~孤立死ってどんだけ、不幸で悲しいものかと思ってたけど、テレビでも騒いでたけど、ただの土に還るだけなんだなあ。孤独死も病院死も、死ぬ=死体になるだけだ。腐乱してハエとウジがたかって、溶けてしまうだけ。物質に戻るだけなんだなあ、と諦観してきます。

そう、人間も元はただの土くれ。終われば腐る。葬式あげなくても、お経なんてあげなくても、ちゃあんと仏になるのよ。

悪人も善人も、寂しい人もにぎやかな人も、美人もブスも、アホもヤンキーも政治家も、死んだらみんな、骨と肉!仏さま!

特に男性は一人暮らしのすえ、孤独死しちゃうみたいですね。本に登場するほとんどが男性でした。女性もいましたが。

なあんだ、孤独死、大したことない。けっこう皆なんだかんだ一人で死んでるし、死んでいくんだな。うちの団地にも一人暮らしの高齢者、いっぱいいます。最後まで団地にいはるかどうかは分かりませんが。これから団塊がいっぺんに後期高齢者になったら、孤独死がどんどん増え、それが普通で、特に気の毒で可哀そうでもなくなるような気がします。

やっぱり孤独死がいいなあ、孤立死が最高!とさらに心を新たにいたしました。

後のことは気をつけよう、腐乱死は回りに迷惑かける

けど、腐ると、大家さんや家族、近所に大迷惑だから、そこは準備しといた方がいいですね。

孤立死すると死因が不明だから警察が来て、回りは事情聴取されて大変らしい。死体が腐りすぎると、不動産の価値も下がるだろう。死体は1か月でひどい腐乱となるらしい。夏場はもっと早いだろう。一人で熱中症を望むなら、気をつけなくてはならない。

発見されるなら、最低でも2週間前後が望ましい。なので、尚子ばあちゃんが、姿が見えない、ということを近所の誰かに気がついてもらう必要がある。新聞なんて、ゴミになるし取ってないけど、郵便受けに貯まれば気付いてもらえる。だから、老人になったら新聞をとろうかな。でも私が老人になるころには、全部電子になっているのだろうか?

ブログを延々と90歳まで更新して、10日更新していなかったら、警察に自動で連絡がいくシステムとか作れませんかね?出来そうな気がする。私たちの世代が高齢者になったら、みんなネットするのが普通だろうし、クラウドが脳に埋め込まれていて、目が覚めたらグーグルにログインしている、と。数日ログインしていない=死や病気だ、と連絡がいく。そうして私の孤独死が自動的に分かるようにならないだろうか?この先の高齢化社会がどうなるのか楽しみです。

また自分の死が自然な孤独死であり、自殺ではないことを知らしめたい。自殺だと不動産価値を下げるだろうから。(←ずっと賃貸住まいのつもりであるww)手紙を書いておくのがいいだろうか。「私の死は自然死です。死んで地縛霊になったりしません」とかw

お金も枕もとに置いておかなくてはいけない。

こういう特殊清掃の方への支払や、役所で火葬してもらうために。多めに置いて、せめてものご迷惑を詫びるのだ。余計な迷惑をかけないように、その仕事の方々が報われるように。

お骨は、もちろん、大阪四天王寺。一万円で入れる^^

特殊清掃 死体と向き合った男の20年の記録