更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

女子の病を癒す本5選/津村記久子 深澤真紀 「ダメをみがく: “女子”の呪いを解く方法」

昨日は、書いてるうちに、自分のこじらせてしまった女子社会への思いをつい、ぶちまけてしまい失礼しました。

つくづく、自分は女子の群に適合できない適合できなかったと思うのです。それでも、最近は、町内会にしろ仕事にしろ表面へらへらと同調したり流したりする技術を身につけたので、生きやすいです。

いわゆる「女性対人問題」についてなんとか解決できないかと、長い間、本を読んできた。そのせいで、なんとか俯瞰して見れるのだと思います。悩んでる人は、ママ友に相談しないで(そうねえ、確かにあなたには気遣いがなくてイラッとするわという返事が返ってくるか、一緒になって悪口の同調されるだけで全く解決しません)本を読んだらいいと思う。こういうもんだと割り切れ、頭の中で自分が自分を説得できる理論武装ができる。女子トラブルにまつわる落ち込みや迷いを客観視して「流す」ことができる。理不尽な目にあっても「逃げちゃえ」というのが平気になる。

ここ最近の数冊を紹介します。女子なのに!女子だから!と悩んでもやもやされている方にぜひ。

津村記久子 深澤真紀 「ダメをみがく: “女子”の呪いを解く方法」

昨日も抜粋した深澤真紀さんは、即効性のある現実感があり、気が楽になるのでおすすめです。

小説家 津村記久子さんとの共著「ダメをみがく: “女子”の呪いを解く方法」は超いいです。

ちまたに女子力を磨くとか、骨盤をきたえて奇麗になろうとか、引き寄せる前むきスピリチュアル、お金も仕事も手に入れるセレブリティ女子とか本屋に山積みされています。それらの女子啓発ブックスを、読んで、よし!そうなろう、そうしようって思える人ならいいんです。でもたぶん大半の人が疲れてしまうと思うのです。もしくは読んでチャレンジして、あれ?本のとおりにならないなあ~と落ち込んだり。

カツマーvsカヤマー論争などが記憶に新しいですが。

これは、女性も頑張れば成功してお金持ちになれる!という超前向き頑張り思考を打ち立てた金融コンサル(?)の勝間和代さん。

そのカツマーに対して、「そんなに無理したら心身症になりまっせ」と反論した精神科医の香山リカさん、カヤマーからきています。

(実際はカツマもカヤマも他者の理論や成功譚にふりまわされないで自分らしく生きろと言ってるんで、対立などしてない)

深澤真紀さんは、そのカヤマーよりずっと先を行く(いや、後退か)脱力感および、現実的処世術です。女子がここまでダメでもいいわけですね。この脱力感の威力はものすごい。奇跡のような提言です。

仕事をやめたい、離婚しよう、隠遁したい自死したいとか早まる前に、この本の一読をおすすめします。

ダメをみがく: “女子”の呪いを解く方法

深澤真紀 「日本の女は、100年たっても面白い。」

そして、最近でた「日本の女は、100年たっても面白い。

これは、「ダメをみがく…」のような処世へのススメではなく、女子の歴史を面白く述べたもの。装丁もおしゃれで一気に読めます。深澤さんは、あの上野千鶴子さんのお弟子さんにあたるのでしょうか。フェミ的な視点が強いですが、この本も脱力感が強く(笑)ヒステリックなところが少しもありません。

私が一番好きくだりは、アキンド女とサムライ女、という概念です。

自分が漫画家もどきになり、売れないのはバカにならないからだ、とアドバイスしてくれる人がいた。あなたが売れないのは、漫画以前にあなたが面白くないからだ、と。だから面白い生き方をして自分の人生そのもの病気や伴侶、私生活プライベートを曝してマイノリティを誇りそれを売りにする(エッセイマンガに多い)というのを勧めてくれた。ですが自分はそういうの違うと思う、あの和菓子職人さんみたいに、自分のキャラを前面に出さないで、淡々と丁寧な技術者になれないものか、普通の地味な女性ではいけないのか。女性はそれでは売れないのか、自分をさらし娼婦のようにしなくてはいけないのか、と悩んでいたときに膝を打ちました。

自分を表に出さないで、技術を磨いてそれを売りにするサムライ女(白州正子さんとか、向田邦子さんとか、ちきりんさんとか)がいるんだ、とこの本は教えてくれて、そういうのを目指せたらいいなと思えました。

ツイッターなりで自分を誇大表現してさらして売る時代に、私は自分を大袈裟に見せれない、そんな風にはなれないと思う女性がいたら、それでいいのだ、サムライになればいい、と思えばいい。誰にほめられることなく、毎日料理を作りつづける主婦さんも、ルーティーンワークを延々するワーキングウーマンも、サムライ女さんだ。

もちろん、アキンド女さんは、エンターティメントとして面白い。たとえばアキンド女として紹介された西原理恵子さん。「ぼくんち」から大好きだったのですが、貧困を売りにして結婚を旅行をギャンブル借金、子育てを売りにして、そのなんでも売るというのがプロ意識でいいと思うのですが、ついには伴侶の死まで売るはめになってしまい、そういうのは辛くないのだろうか、と。

非日常をウリにしてしまえば、延々と非日常を起こすしかないのです。カルト宗教の教祖が絶えず「世界が終わる」と非日常を持ちだして脅して説得しなきゃ、信者の心を繋ぎ留めれないように。

ウツ病の伴侶さんのことをウリにしていたマンガもありましたが(面白いので全部読みました)しかし、長期間、売るためには、ウツの専門家であることを期待されてしまい、いつまでも病気から治ることが許されず、その世界から抜けられないのではないか。せいぜいリスクを負わずウリにできる非日常は「出産」くらいじゃないかな、と思います。

菓子職人は(なんでも菓子業界にはめてすいません)毎日のお茶菓子・まんじゅうや落雁を作るからやっていけるのです。日々使いのものが上質で丁寧だから愛されるのです。たとえば、ひどいオデキになったからといってオデキ饅頭(!)を作ってもいっ時は同情を買い、それを売ることができるでしょう。いまはやりの商品そのものではなく「背後の物語」を売る、とういうやつです。が、毎日それを売れば、顧客にはうんざりされてしまいます。温かい簡素で心のこもったものを消費者は求めているのです。また毎日クリスマスケーキを売ることはできません。年一度だから売れるのです。非日常のものは毎日連発できません。

だから非日常のプライベートをメインの主要商品にしてしまう(アキンド女)だと大変だろうな、と思うのです。

まあ、私が子育て経験がなく、アルコールやリスカ依存症のアディクション患者が大嫌いなので、病気といってしまえば全て許されると思うなよ!とその時から西原さんのマンガに少々反感を持ったというのもあります。一時期知人のアルコール問題に巻き込まれそうになったこともあり、そのときに西原さんのアルコール解説本を買いあさり、マンガと文章はとてもわかりやすかった。高卒だと豪語するわりには、文章の出来が異常に素晴らしく、馬鹿のふりをしているのは演出で、アキンド女の姿を借りたサムライ女なんじゃないですかね。

あの佐村河内が障害をウリにしたら、売れてしまった。そのあと、売り続けるためには障害者を演じつつけ、さらなるドラマチックな人生があるふりをしないといけない。たぶん、途中でやめたいなあ、でもやめられないという葛藤があったんだと思う。非日常の物語を売るはめになったら、ずっと非日常でなくてはいけない。私は非日常はいやだ、平凡で平和な日常がいいな、と。

自分に才能がないから嫉妬してるような文章やな。非日常を演じることが出来るのも才能だ。自分のことタナに置いて、勝手な批評してすんません。

ともかく、そう気負わなくても無理しなくても、女性として人間としての人生はちゃんと全うできるな、と深澤さんの本を読んで安心できるのです。不景気が続き新興宗教みたいな啓発本が多い中で、こういう淡々とした論調は、落ち着いて、まさに「癒され」ます。

日本の女は、100年たっても面白い。

女子の悩みを癒しそうな本を来週以降も引き続き紹介します。