更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

中村淳彦『ルポ 中年童貞』kindle本

なぜかこういうのを読んでしまう昨今

つい、またもや読んでしまった。その手の関連本。

ルポ 中年童貞 (幻冬舎新書)

女子貧困関連のサイトをめぐっていると、うっかりリンクされている

こういう分野の本が次々と連なり紹介され、最近はキンドルでも出ているから、紙の本を取り寄せるよりも早く、手に入るのだ。

で、ついほいほい買って、ほいほい読んでしまうのだった。

紙の本よりかさばらない、重くないキンドル本、衝動買いを誘発しすぎます。

女子の「詰み」と男子の「詰み」

以前、女子貧困について、あるフェミ識者が

「女子の貧困や負け犬論争は、悲惨なようでいて、どことなくおかしみがあるから論じられる。ある意味、公の場で言っても、ある種の救いがあるから女子貧困は語りやすい。しかし、もっともっと悲惨な男性の孤独と貧困については語られない。それは女子問題のはるか上をいく悲惨さとやりきれなさがあり、その問題は根深すぎて、一瞬もユーモアや笑が入る隙もなく、手を出すのが憚られるからだ」

という感じのことを言っていたことを思いだした。

私は「まとめ」が好きでよく読むんですが、

最近、話題になっていたのが「キモくて金のないおっさん」問題というやつ。あ~ついに、きたか、と。

女性が男性を貶めるために提起するのではなく、男性が自分も弱者なのだと、弱者になりうるのだと云いはじめた。

そりゃそうだよ、これだけ時代が疲弊して、女子の貧困貧困言ってりゃ、男子が貧困じゃないわけないって…

その男子の貧困に近い人が好む話題のひとつ、独身高齢女性叩き(BBAというやつ)記事があります。 39歳独身女「39歳、独身女がこれほど辛いとは。貯金150万円で無職で結婚の予定も無し、この先どうすればいいでしょうか?」

自覚のある女子詰、ない男子詰

これを読んで、あ~「詰んで」いるのは女子より、男子だな、と実感します。

この記事に出ている叩かれているBBA(45才の真正BBAの私から見たらこの女子は未来溢れるピチピチの若者ですよ!)この39歳独身女子はきっと強い。必ず元気になる。すぐじゃないかもしれないけど。

自分が「詰む」「寂しい」「不安」だと思える、掲示板だろうが愚痴をこぼせる女子は強いんですよ。女子会で「つるむ」ことが出来てそこで愚痴をこぼすこともできる。女子会は嫌なことも多いけど、仲間内で比べることで現実を見れるってことだから。で、現実を見たら必死に行動する。

行動すれば自分の何かがわかる、かわる。

その結果、結婚しようがしまいが、子供がいようがいまいが、自分らしい帰着点「落としどころ」が見つかる。それが普通の「幸せ」だと思います。

イケメンな大金持ちの彼、自慢できるクリエイティブな仕事、モデルのような美貌を持つことが「幸せ」じゃないと思う。

自分にとっての現実的な

「落としどころ」

を持っている人が幸せだと思う。(この「幸せ」という単語も好きじゃないですが。毎日気分よく、機嫌よく過ごせる工夫ある日々、という意味がぴったりくる) これは行動して行動して失敗したり失敗したりしてようやく見つけるものだと思う。遠い世界のドラマや映画や二次元の世界の中のようなものじゃなくて。

詰んでるおっさんは、どれほど年をとっても孤独でも、現実を見ることができない、現実を見ないから行動しない、だからヤバい。

母の羊水に今でも漂う男子たち

キモくて金のないおっさんが、中年童貞とどのくらい親和性があるかわかりませんが、

男性の孤立貧困者の「詰み」は、まさしく

「詰んで」る自己に気が付かないで中年老年になっちゃう

というとこにあるんじゃないでしょうか。

男子は女子のように同性でつるんで愚痴ることもできない。(女子はしゃべれば安心する特性がありますが、男子はしゃべって楽になるという性質はない)一度孤独になったら、孤独のまま、ひきこもり、そのまま老いまで一直線。

この本の中には、そういう事例がわんさか出ていて目を覆いたくなる。プライドが高く、世界を母の羊水のように思い、自己愛を拡大させて生活している。天使のような美少女の処女が40のおっさんを救ってくれると思っている。

攻撃性に繋がる男子の詰

それだけなら、永遠に夢見るまま、それでもいいんだけど、結局社会に承認されない彼らのルサンチマンは他者への攻撃に向かう、と。

これ、なんとなく分かります。女子弱者は、育児放棄や身内への虐待、性への自暴自棄などに向かいます。が、男性弱者は暴力といじめに向かう。それもタチの悪いことに、自分より弱者であろう立場の人へ。

介護医療に従事していた作者が会った中年童貞(ひどい言葉だ…)。彼は、そのひどい傲慢と使えなさ、幼稚さで、回りに攻撃をくりかえし、介護現場に混乱をきたす。

アルコール依存のおっさんはヤバい

思い出したんんですが、私の知っていたある独身男性は「中年童貞」かどうか不明だったんですが

まさしく50歳になっても、その母の羊水の中で漂っているような人でした。

非正規雇用でアル中で、鬱。がりがりに痩せて酒を手放さない、その脇にイネブラーたる老いた母がいて「●君は、本当はできるのよ、やればできるのよ、資格を取るのよね?もっと飲む?」と言っていた。彼は飲んでいる間は饒舌で、自分より立場の弱そうな女性を見ては見下げてセクハラ発言を繰り返す。飲まなくなると、鬱状態で他者とコミュニケーションが取れない。

病気だからね、アルコール依存症という病気!本人は悪くないの!というここ最近の福祉系番組や書籍はある意味正しく、ある意味悪辣。

ようするに、めったなことで治らへんのやから、プロにまかせとけ、

という結論を世間に啓蒙した、周知させた、という点ではその功を認めたい。回りの無理解や愛情が足りないから、というそれまでの風潮は家族を追い詰めていたからね。。。。特に母親が妻が悪いから飲む、とかいうの、絶対違うから!

残酷な現実の北欧

この中村淳彦『ルポ 中年童貞』には、残酷な記事があって、北欧の話なんだけど、

北欧は、周知のとおり、手厚い福祉がある。でも、それでも、そこからはみ出る孤独貧困男子がいる。彼らはアル中になる。

で、北欧の氷点下の寒い朝、彼らは飲みすぎで死んでしまう、そうして

 淘 汰

されてしまうのだという。アメリカや日本のようにアル中がホームレスにならない。ホームレスになる前に凍死するから。

なんか…、ひどいな…この本…ww

とはいえ、当たってると言わざるを得ない。アルコールに浸ってるとね、不思議なほど、現実を見ないですむ。老いた自分能力のない自分太った自分醜い自分コミュ障の自分見なくてすむ。将来のこと、考えなくてすむ。耳元で酒ビンを持つママの声がする「あなたはやれば出来るのよ~」まさしく、羊水だ。

私は、別にアルコール問題に詳しくないので、これ以上述べてもしょうがないですが、底つき、という経験がないと彼らは治らないという。つまり、酒やめないと、やばい、という現実感。凍死する、ということ。羊水は暖かく優しく生ぬるくペニスを包み込むから気が付かないけど、このままここにいたらヤバい、と感じること、「詰ん」でいることを自覚することが救いになる。

それでも脱け出せる

『ルポ 中年童貞』はこれでもか、これでもか、と 中高年童貞男性たちのひどい事例が満載で、読みながら吐き気がしそうでしたが

最後に救いがあった。ちゃんと抜け出しそうな男性の事例で締めくくられています。 中年童貞の44歳の男性。

昨日の「ゼロハチ」の感想で書きながら、ドツボにはまっていても、現実的な役立つ「情報」を持っている、ということが救いになるんじゃないかと思いました。

これも同様で、抜け出せそうな44歳の男性。

彼は、自分の「詰み」をある程度自覚していた。 会話で自虐的に自分の童貞を笑ってたんですね。

笑う=ユーモア は、つまり客観性のことです。そして、彼は無類の読書家で、論理的に考える力があった。偏りもありますが「情報」を手に入れる力があった。

自分の欠点や「詰み」を客観視し笑うことができた彼は少しずつ強くなります。 自分を貶めずかといって無駄にプライドを膨らませず、人間関係の中に自分を投じていきます。

「痛い」行動を何度も繰り返して、まわりにフォローされながら、自分にあったコミュニティに身を投じて、女性とも会話ができるようになり、友達も増えていった。(彼女以前に、彼には友達がいなかった)

この流れは奇跡的で、『ルポ 中年童貞』はまれにみる読後感が滅茶苦茶悪い本ですが、この男性のくだりの箇所だけは、あれ?あれ?なによ、やるじゃん、とほんわかとしてしまいました。

そういえば、前述のアル中の知り合い、最近、風の便りで、お酒をやめて、体調が戻ってきたとか聞いた。

ほんまかね~と思いつつ、もともと、性根は悪い人じゃないとは思ってたから

良かったな~えらいな、やめれる人なんてめったにいないだろうに、と思った。

(私も騙されやすいかも笑 昔からそういう飲み方してる、というだけで、もう、回りに大迷惑で、関わらない方がいいかもというアラームが脳内で鳴るのですがw)

元気になれそうな人の話を聞くと、救われます。

やはり毒親問題になるww

この本のおおまかな結論は、母親があかんのだ、と。 そして強い父親不在だと。

それが問題だと。

現在の甘やかしすぎる母親と、自分勝手な父親が中年童貞を産むのだと

そういう論調に終わったのがちょっと消化不良でした。

う~ん、母親のせい、毒親のせいになんでもする風潮がありますが…社会の少子化も毒母のせいですか…

こんな論調が社会に蔓延したら、ますます結婚したくなくなる男女が増えるような気がします。 だって、自分の親の子育てが悪い、それが分かった、全部おかんのせいや、 じゃあ、自分が頑張って結婚して親になったら、おかんみたいにならんようにして、 子育てに責任持てるかっていうとそんな自信誰もあるわけないじゃないですか! そんな重責がありすぎる子育てと結婚生活まっぴらごめんですよ。 虐待が連鎖したらいやだから俺はアタシは結婚しない!子供作りません! という声はネットで良く聞きますが 毒親毒親騒いでたら、怖くて皆そうなっちゃいますわな…。

夜這いと見合いを復活させよww!

単に昔なら地域コミュニティの中で、なんとかなってた筆おろしと結婚。 身分による職業間による、年頃になったらなされるお見合い。紹介。 結婚に好きだの嫌いだの盛り込むのが変だった。 はじめての体験は、村祭りの「夜這い」で覚えさせられた。

(団塊以降でセックスと結婚に「ロマンス」とが持ち込まれ、おかしくなった。自由とひきかえに「自己責任」が必要となり苦しくなった)

この本によると前時代は80%がお見合いだったとか。

いまやお見合いは8%のみらしい。

そういうのが無くなり、おせっかいのお見合い叔母さんが親戚にいなくなり、自分の力で女子と男子と知り合いセックスして結婚しなくちゃいけなくなった。自己責任社会。もともと日本人の大半はシャイなんだから、男子はマザコンで女子は依頼心の塊なのよ。

自力で相手を見つけるとか、そんなの無理にきまってますよ。。。。私も30歳になった1年間、死にもの狂いで、今でいう婚活をしましたが、思い出すとしんどくて辛い。コミュ障の塊だった私がめちゃくちゃ無理した覚えがある。あんなしんどい思い、必要ですかね?疲れて諦めて二次元に走った人間をダメ人間呼ばわりできませんよ。私ごときが。

それこそ江戸時代は60%の男性が未婚で孤独死してたというのだから…今にはじまったことじゃないですよね。

それでも少子高齢化社会がこれから日本にとって大問題だというなら

お見合いや夜這いの祭りを国家主導で開くか、一夫多妻制を復活させたらいいんじゃないかと時に本気で思います。

セックスは本来温かく幸せなもの

そこそこ容姿がすぐれてコミュ力があり学歴財産がある人しかセックスできない風潮は変すぎます。

本の中でホワイトハンズ(障害者向けの性のボランティアNPO)の主催者はいいます

恋愛は「お互いの完璧さを競い合うレース」ではありません。お互いの強みを生かし、弱みを補い合うためにするのが、恋愛であり、結婚です。

異性と出会い性交を行うことは、本来、このように、優しい「破れ鍋綴じ蓋」的な暖かいもののはずなのに。 自己の価値や優劣を競い、自己承認欲求を渇望して飢餓する行為の象徴になるなんて、辛すぎます。

戦後すぐの隅田川か荒川の土手で自治体主催かなんかの大お見合い会が開かれたそうな。戦争で人がいなくなって、みんな自由恋愛とか好みとかどうでも良かったんでしょう。

そこには婚活パーティの格差や残酷はない。

皆死んで、戦争に負けた。でも今は生きてるから、結婚しよう!家庭を作ろ!子供作ろ!焼野原の日本に人を増やすのだとベビーブーム。

「ゼロ八」チエミはその時代に生まれていたら、近所のイケメンの農家の息子と見合いしていたはず。母殺しに走らず幸せな日々を送っていたはずなのだ。きっと。

ルポ 中年童貞 (幻冬舎新書)