更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

「飛田に生きる」を読んで

飛田に生きる」という本を買って読んでみた。

本屋に何故だか平積みにしてあったのだ。さすが大阪だ。

おもしろかった。

飛田という場所のことはなんとなくは知っていたけど、この本を読んで、その面白さ(?)文化の深さにおののいて一気に読んだ。遊郭と風俗は何が違うのだろうか?いや飛田は「料亭」なんだからなあ、と。

この本の作者は、飛田で料亭を経営して、現在はスカウトマンをされているという。

宝島系のルポのような、もっと下世話なエロエロした感じかと思ったが、文章に論理性があり、すっきりとすがすがしい?読後感である。

そこには「働く」人の必死さと工夫と涙と笑いがある。

私は、ウシジマくんに出てくるデブでやり手の風俗女達が大好きなんですが、彼女たちは何故売れるか?工夫して、営業して、ちょっとした思いやりとか、つまりちゃんと仕事とお金を大事にしている。

飛田に生きる」というノンフィクションには、そこに通じるプロ意識と過酷な状況、下賤さに順応する割りきりの痛快さがあるのだった。たかだか15分の時間に、容姿がいいからと胡坐をかいていたらダメで、笑顔やしぐさを工夫するとか、そういうのなんだけど、さらりとそれが書いてあった。

競争意識もあって、あの子より私は何故売れないとか悩んだりする。いや一緒にしちゃいけないけど一緒だなあ、と思うのは、最近前線を休んでいる似顔絵稼業ですが、観光地に二人似顔絵師がいて、自分じゃない方の絵柄をお客様が選んだときに、悔しくて歯の奥がぎりぎりする。それを思い出した。

聖であり賎であるあの場所には一般女性は足を踏み入れてはならない。

正直、私は職業に貴賎はあると思っている。神仏は思わないだろう。だが生きていく場所は神仏のおますアウラの理想の中ではなくて現実である。その道を選んだときに、どうなるかの現実は確かにある。どういう扱いを受けるか、未来と過去がどうねじ曲がるか、どういうリスクがあるか、歴然と現実そのものがある。売春のみにリスクがあるのではない、事務員にもコンビニ店員にもデザイナーにもある。それぞれ種類の違う過酷さの現実がある。

どんな仕事であれ働いた方が断然いいと思っている。私も職がなくて、子供をかかえていたらいざというときはと思う。というかこの年ではいかんだろうwしかし飛田には年配者が座る通りもあるらしい。いや、私だと、オバちゃんの役割か。

料亭の入り口に座って、客を待つのであるが、その脇には必ずオバちゃんという人がいて呼び込みや経理の役割をする。若い女性はオバちゃんに相談したり指示を受けたり何かあったら(変な客がいたら)守ってくれる、共同戦線をはる。それがいい。母娘のような信頼があるのかと幻想を抱くが、そんな甘いもんじゃないだろう。

昔のように、逃げるのを防止する塀がある赤線ではなくて、今は、守られかつ高給が得られる。他の風俗より効率がいいんだそうだ。そのせいか、普通のお嬢さんもわざわざやってきて働いたりするとか。そうなのか。

女性の最初の職業である売春であるが、今では正面きって、それが職業であると公言する人は少ない。なのに公人であるうちの元知事が公言しちゃったもんだから、叩かれてしまった。タブーなのである。不文律で認めてはいけないのだ。

しかし、最後までイクことを売りにするかどうかは別として、性や色気を売り物にして、堂々と立っている女性を見ると、尊敬するし、素直に美しいなあ、いいなあ、すてきやなあ、と思う。皆そう思うのだろう。叶姉妹もかっこいい。紅白にまで出られた壇蜜さんですが、女性誌が取り上げる前から私は大好きだったのだ!

津村記久子さんの「君は永遠にそいつらより若い」の中に、主人公が、グラビア(女性の)を切り抜いて壁に貼るという場面があったが、そういうのもそうじゃないかと思うのだ。