更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

箱入り息子の恋

男と女が恋に落ちるきっかけ

いわゆる ひとめぼれ 一目見て大好きになってしまうパターンは男性から女性に対する場合に多いのだそうだ

女性から男性にはあまりないらしい

容姿で(見た目で)好きになるのは”男性から女性”に対して。そういや、小説や漫画で、男がステキな女性にガビーンと恋に落ちる(ひとめぼれ)シーンが多い。

しかし、女性が男性に恋するパターンは反対が多い。

最初は印象サイアク!とか思っていた男性に対して、だんだん、彼の本当の姿(御曹司!経済力!頭がいい!高知能!超優しい!)に惹かれていくパターンが多いと。

これは遺伝子の問題らしい。

前も書きましたが、美人というのは、全ての女性の”平均顔”だそうな。だから男性は美人の女性を好きになる。

?どういういうこと?

つまり美人というのは平均的である遺伝子を持つから遺伝子的に強い、ということらしい。だから男性は無意識に強い遺伝子を持つ女性、より平均的=美人(つまり長生きして繁殖力の強い大勢の遺伝子)女性好む、ということらしい。

で、反対に女性の方は容姿に惹かれてのひとめぼれはあまりしない。経済力や性格などを重視する。それも遺伝子的な理由に起因するらしい。子供を大勢長期間育てていかなければいけないからだ。子育てにパートナーの容姿は関係ない、必要なのは、能力と甲斐性だと。

最近、「風の中のマリア」を読んだので、ついなんでも遺伝子で考えてしまう。(スズメ蜂の人生?を描いた小説だが、彼女達の行動は遺伝子によるものだと)IPSノーベル賞から遺伝子で何でも考える傾向が社会にも多くありませんかね。「プラチナデータ」も遺伝子を扱っていたし、最新の癌治療には遺伝子が関係してくるし(アンジェリーナジョリーの乳房切断)「幸福の遺伝子」というのもあるらしい。HLA(恋愛遺伝子)というのも恋は遺伝子によって決まるということでしょ?ぶっちゃけ

遺伝子で恋なんて、なんとも無粋ですが

大ひとめぼれ映画

この映画もひとめぼれではじまる。

主人公、天雫(あまのしずく)健太郎

35歳独身。内気で友人も恋人もいない。家と職場の市役所を往復するだけの日々。

親はそんな彼を心配して婚活に走る(最近は、親が参加する婚活というのがあるのですね。知らなかった)

健太郎は雨の日にある女性に出会う。美しい女性。

遠くを見ている儚げな瞳。

ひとめで心を奪われる。

その女性・夏帆演じる奈緒子。

なんと彼女は、実は、健太郎の両親が婚活していたお見合い相手だった!!

美女・奈緒子の秘密

更には、この美女・奈緒子は目が見えないという障害を持っていた。

そこから健太郎の苦難がはじまる。

奈緒子の父親は会社社長。つまり奈緒子はお金持ちのお嬢様。

一方、健太郎は、万年市役所のヒラで、風采があがらない。人とろくに口がきけないコミュニケーション障害の傾向もある。

奈緒子の父は(なんと大杉漣、こっわ~。義父に一番したくない人でしょう)そんな彼を娘の夫として快く思わない。

しかし、強烈なひとめぼれした健太郎。彼女と結ばれるために四苦八苦する。狭い自分だけの殻を飛び出る時がきた。35歳童貞の闘いの火ぶたは切って落とされる。

二人の恋も遺伝子学的に見れば

このひとめぼれも遺伝子的に見れば正しいのです。

物語の障害は彼女が盲目ということ。しかし奈緒子の障害は遺伝的なものではない。美人。子作りには何の支障もない。社長のお嬢様でお金持ち。

これが、貧乏な家庭のブスの障害者だったら健太郎は一目ぼれしただろうか、といういじわるな見方をオバさんはするわけです。

彼のひとめぼれは人間の繁殖の欲望として、正しい。

じゃあ、うだつのあがらない健太郎を好きになる奈緒子の恋心はどうなんだというと

それも遺伝子的に理にかなっている

奈緒子の父親は自分と同じように社会的地位の高い男がいいと願っていましたが

遺伝子的には、子供が成人するぐらいまで、養っていける程度の甲斐性でいいわけです。さらには盲目の奈緒子の子育てには、時間に余裕があり、細やかな優しさのある相手じゃないとダメだ。ならば、市役所勤めで、決まった時間に家に帰ってくる、忠実な番犬のような健太郎が一番いいのです。

彼女も無意識な嗅覚で、自分の遺伝子を残すのに一番適した相手を選んでいるのです。

最近は、ニートとキャリア女性の組み合わせが増えているといいます。ほんまかいな?と思いますが、ありかもしれない。知り合いの看護師の母親と会社重役の父親があまり上手くいってなかった。高収入の女性の伴侶は、仕事に多忙な男性より専業主夫のほうがいいだろう。夫が忙しいと、女が子育てのために仕事辞めなきゃいけなくなるから。かといって昔からいる高収入女性にヘバり付くヒモ的チンピラでは主夫にはなれない。内向的で優しいニートの男性がこれからの時代の専業主夫にぴったりだというわけです。

爆笑問題・太田“遊びながら成長”をかなえたニート婚

この映画はこんな男性いるよね、という現実味を感じさせる一方で

泣かせる”夢物語”であることは確かです。

重篤な障害のある女性が相手側の親親族に受け入れられることは稀でしょうし(この映画のように女性側に美貌と経済力があれば大丈夫でしょう)内向的すぎる男性が困難の多い相手と結婚生活が永続していくことは稀でしょう(この映画のように内気な人格を一変させるような一目ぼれがあれば大丈夫でしょう)。

つまりは、金か強烈な美貌があればOK!ってことかな結局は女は顔なのよね 美貌なのよねっと毒付きつつ

怒涛のような恋の嵐の物語 放映中ずっとハンカチを濡らしていた 涙が止まらないよwww

俳優の演技が良い

互いの親のキャストが豪華で素晴らしい。健太郎の母親に森山良子。いかにも、息子ちゃんカワイイ的な母演技が良い!

夏帆のお嬢様の演技は「横道世之介」の吉高の演技に酷似していたものの、北島マヤ並みで素晴らしかった。歩き方や食事の仕方は、ほんとうに目が見えてないんじゃないの?とハラハラしました。

健太郎役の星野源は、今はやりの蛇顔いうやつでしょう。目と目が離れ、首が長く、色が白く、無機質。(こういうのは森山未来が似つかわしいのですが、彼は今や世間的にイケメンとなってしまいイメージとあわない。既に運動能力抜群だと知られすぎています。)ひ弱な箱入り息子健太郎が最後に見せる瞬発力の感動がこの映画の山場。

内気な男性が恋を知り変貌するというパターンは、最近の「舟を編む」という映画を思い出します。しかし、この映画を見たら、やっぱり松田息子と宮崎あおいは、所詮「勝ち組」が庶民の振りした演技をしていただけなんだな、と思います。

それほどまでに泥臭く、生物として男女が互いにお互いに求め合うというのは強い本能なんだな~と思わされる映画でした。

近所の猫が繁殖期で大騒ぎしています。内気なあの猫も戦ってあのメスを手に入れようとしている。人間だって一緒です。恋には(サカリがつくということには)強烈な力がある。生きる力を湧き立たせる。

盲目の箱入り娘は一人で飲食店に入り、ゲームでしか戦闘を知らなかった箱入り息子は身体を張り怪我をする。

健太郎が咆哮したセリフは泣きました。最近まれにみる泣かされ笑わされ映画です。

箱入り息子の恋