更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

大奥~永遠~[右衛門佐・綱吉篇]

男女逆転 江戸 大奥

おなじみ大奥…なんと男女が逆転したという!

なんて今更言っているのは私だけね。

ドラマも大人気なんだよね。

天下の将軍とそれに群がる女性たち、取り巻く愛憎、きらびやかな衣装、女同士の争い

これが男女逆転したらどうなるか

見ながらあれが本来なら男であの人が女のはずで…

??え~と…??

とややこしくて頭がこんがらがってきた。

大奥~永遠~[右衛門佐・綱吉篇]

ライオンにみるオトコとオンナの生物的な摂理

ところで昨日みた動物ドキュメンタリーですが。

アフリカのライオン一族の話なのです。40匹くらいのライオンの群。ボスがいて、たくさんの妻がいて、子供がいる。つまり、ハーレム。大奥。

ライオンっていうのは雌が狩りをするんですね。

女だけの群れで戦略を組んで、鹿などを襲う。雌だけで狩り(仕事)をする。そうして捕らえた獲物なのに、群のボス(男)がやってきて横取りして食べてしまう。

オスはじゃあ、狩りもせず何をしているかというと、他の群のオスが来て縄張りや雌を奪いに来るのを警戒して見回りしたり、他のオスを追い払ったり。

オスってひどいと思いませんか?

働きもせず、一夫多妻制。理不尽な世界だなあ、と思っていた。こんななら、オスがいない方が美味しいものを女や子供で食べれるし。

ある日いきなりライオンのオスが行方不明になった。どうやら死んだらしい。よしよし。ならばこれから女同士子供たちだけで、仲良く暮らすべし…。きゃっほう!…というわけにはいかなかった。

雌同士、結束していたのに、途方にくれ、たちまちグループが分かれる。そうこうして、この群は分裂してしまうのですね。

オスとメス、男と女は不思議である。

一見理不尽な支配被支配の関係。それが自然の摂理として成り立つ場合がある。オトコがいないほうが生産的でいいかな、と思うのですが。たとえば会社で、雑用を一切しない男の上司、同僚。親戚付き合いとかの後始末を押し付けて丸投げする夫とか。アヤツさえいなければどんだけスムーズに回ることか!と思った事がある女性は多いはず!?しかし、いざいないとなるとな、心細いような。オンナだけだと変な対抗意識が出てきて陰口を言いあい、うまくいかなかったりね。

なぜ、ライオンのハーレムが成り立つのか。大奥はなぜ、将軍と女性達なのか。

この仕組みが長い江戸時代を支えてきた。だから日本の(世襲制の統治の場合は)このシステムが適していたということになる。

ライオンのハーレムが瓦解する原因の一つに、子育てということがある。群のオスがいなくなったとき、子持ちのメスは子供を連れて逃げ出す。子供が他のオスに殺されるからである。子供のいないメスは、身軽だし他のオスと出会いたいので、群から離れたい。そうして争いが起き群は崩壊する。メスたちは「子産み」を原則に行動する。それはハンデでもあり、欲望の起点でもある。生物のメスの喜びは子産みである。女が中心のハーレムが世界的に少ないのは、お産があるからである。一年かけて、はらみ子育てしないといけないので、大勢の男性を相手にしていられないのだ。

ハーレムが正しいシステムかといえばそうではない。鳥は一夫一妻、夫婦で子育てするしね。パンダは年に一回しか発情しないし。江戸時代のトップはそれで回っていたというだけのことだ。日本は今や世襲制ではないのだから。江戸時代があれでよかったというだけで。明治で江戸幕府が終了したのは、その仕組みではもう限界だったというわけだ。

で、長くなりましたが、権力を持つ将軍と、オンナ達のハーレム。ライオンと同じく。しかし、その定石通りでは、物語がおもしろくない。男女が逆転したとき、生物の必然から物語はひずみが生じる。そこに「悲劇」「喜劇」が生まれる。不自然だから、ドラマチック。ライオンの群れが分解するが如く、物語も分解の「ひずみ」や「ゆらぎ」が生じる。その「ゆらぎ」は女性性の必然”子産み”である。女将軍はそのプレッシャーに苦しめられる。苦悩の中で求め合う男女。

京男と東女の大恋愛!

この物語にはもう一つ「ゆらぎ」がある。それは京オトコと東オンナの恋愛である。

反対である京女と東男の組み合わせが良いとよく聞く。その理由は、仕える京都の女と、キップのいい痛快な東男との相性がいいからなのだろう。オトコ中心ハーレムと同じく、しっくりくるのが、京女と東男なのである。

では逆では?

京男と東女の組み合わせは?

気が強くチャキチャキした東女

プライドが高い細かい京男

(京男というのは一見ナヨナヨしてそうだが保守的である。世襲制の世界に生まれ、その世界で修行している者が多いからだ。)

一見うまくいかなさそうに見えるが…そう、うまくいかない!!でも恋は別である。好きになっちゃったら、どうしようもない。それが恋というものだ。

かつて京都の豆腐職人の男と江戸女の組み合わせの映画があった。「あかね空」。目を覆うほどの喧嘩っぷり。愛憎。そして、漫画 柴門ふみ「はんなり!」。は色気したたる京男に惚れてしまった東女の悲劇。

天下の将軍は東女である。菅野美穂演じる大輪の花のような東女。強く美しく傲慢だ。なのに幼女のようなあどけなさ、純粋さ。堺雅人演じる京男は元公家、京男の中の京男である。美男で知的。陰湿な女性の裏側を知りすぎて妾になる気はない。プライドが高く権謀術数でのしあがりたい。大奥には、かつてたくさんの公家の血筋、京都人が送られた。雅や品の良さで将軍の気を引こうというのだ。本来ならそれは女、彼女たち、である。この映画では男、彼ら、である。

ところで、私は、年のいった京男が大好きである。プライドや少々(!)陰湿なのが、年をいって枯れてきて情が深くなってきて、細かくネチネチした感じが、諦めともなりアクが抜かれた”コシあん”のように洗練されている。若いのは”粒あん”じゃないかな。どっちも和菓子には欠かせませんね。

大奥~永遠~[右衛門佐・綱吉篇]

萩谷の描く京男と京女