更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

映画「先祖になる」

津波震災後の人々を描く映画

先祖になる

なんだか変な題名?

観終わってようやく意味がわかる。

陸前高田市の佐藤直志さん(77歳)のドキュメンタリー映画。彼の職業は、農家であり林業家である。

津波で家も子供も失った。

波が何もかもかっさらい、人々が泣きぬれている。

息子さんの遺体も見つからない。なのに、佐藤さんは、あらたに田んぼを作りはじめてしまう。荒れ地に種を撒く。

さらには彼は、自分の家を新たに建てなおすという夢を抱き、行動をはじめる。

仮設住宅には頑として入らない。

働かないとダメ もらい癖がつくとダメだ

次は、家を建てるぞ!ここに家をもう一度建てるのだ。役所の人間がやってきて行政が法律や何やらナンヤカンヤ言ってきたとき

復興することに速すぎるということはないはずだ!

といきりたつ。そりゃそうだけど…

これぞ本当の暴走老人。

ことを本当に成し遂げるというのはこういう人 自己憐憫や劣等感や嫉妬、いいわけをほざいて停滞している暇はない。人の目など知るか。かっこ悪くても夢を抱こう。行動しよう。彼を支えているのは、息子さんの生き様かもしれない。40代後半の消防団員だった息子さんは、歩けない老人を背負っていて津波にさらわれたのだ。

佐藤老人は家を建てようとしていた

佐藤さんはいつも微笑んでいる。家を建てるため山で樹を切り、そこに接ぎ穂をし、酒をかけ、手を合わす。その様を見ていたら、涙があふれてきた。

何か悲しいことがあっても、立ち直って頑張っている人をのことを、あの人は自分たちとは違うから…などと、別世界のみたいに言う人もいる。しかし、そうした強そうに見える人達も我々と同じ弱い人間だ。息子さんを亡くして辛くない筈はない。80歳の老体。身体も痛む。数年前に癌を患い、放射線治療もしている。神経痛の薬も手放せない。

ガレキの山の中で、木を切り、運び、町の復興につくしながら

ああ、息子がいてくれたら、この作業は二人でやれただろうに

と何度もつぶやく。映画館中から啜り泣きが聞こえた。私は震災に関しては当事者ではないし、なんかボランティアをした訳ではない。映画館の人たちも殆ど関西人である。だから、東北の惨状を実体験で知る人は少ないだろう。しかし、佐藤さんの闘魂と勇気と夢見る力に共感し、励まされる。そういう啜り泣き。佐藤さんのように、自分がこれからどんな家を建てようか(何を作ろうか何を夢みようか)と。年をとっていても、こんな不遇があっても諦めない。また何かを作ろう、と。

この映画を観たのは、啓蒙されようと思ってみたわけではない。興味本位w簡単に言えば、

震災ままならないうちに、ガレキの中にもう家を建てたって?それも80歳のおじいちゃんが?すっげ~!観たい観たい!と。

夢、夢かもしれませんが、自分の家を建てたいと思う。

いまどきの歌やマンガには「夢」「夢」という単語が乱発されます。そういう中二病的「夢」じゃない。

佐藤さんの夢は文字通り地に足がついている。家、自分の力で、津波でなくなった場所にもう一度家を建てる!独立独歩と尊厳と自律。これ以上の夢があろうか。

私の夢は何だろう?少しずつかなえている。私も独立かつ根を張った生き方をしたい。老年になるまで手を動かし続け、自分の足で立ちたい。まぬけで不器用な凡人一市民として春夏秋冬、大事な人を大事にして過ごすのだ。

その夢は男の夢

しかし…新しく家を建てても、申し訳ないが…ご年齢からして住めるのはせいぜいあと20年くらいじゃないの?そういう無茶はやめて、介護の対象になってぼんやり余生を過ごさないの?

なんて問いは猛然と拒否して闘魂を奮い立たせ周りを巻き込んでいく佐藤老人。

仮設住宅で山に登る(この場合死を意味する)なんて嫌だ。自分の建てた家で迎えたい

佐藤さんの奥さん。この破天荒な夫の夢を応援するかといえば、大反対している!!

ここにはもう住みたくないですよ…安全に安心して暮らせるところで長生きしたいですよ。死んだ息子もそう願っているはずですよ…

そりゃそうだw同じ女としてめっちゃわかるwこの奥さんが良いなあ。悪口散々言いながら旦那さんが好きでたまらないのが表情言葉の端から伝わってくる。夫がテレビや映画に復興のシンボルとして映されようが、町内会のヒーローになろうが、知ったこっちゃない。淡々と自分の意見を述べる。男の夢なんて、奥さんに反対され煙たがられるほど、燃え上がるものだ。

あの鐘を鬨の声を鳴らすのはアナタ

映画の冒頭と最後、ガレキの中で

おはようございます!今日も頑張りましょう!よろしくお願いします!

とメガホンを持って叫ぶ佐藤老人の声が高らかに響く。

頑張ってと言われて辛い人もいるだろうし、頑張り方も闇雲ではなく、こんな具合にとか可能な程度とかあるし、頑張ってない人に頑張ってと言われたりしてもクソ腹立つが

今が頑張り時ってときが誰しもある。佐藤さんのような鬨の声を聞ける若者は幸せだ。

最後に、佐藤老人の服が何かとオシャレなトレーナーやパーカー。きっとボランティアや援助のものなんだろうな。どれほどの人があの日から東北を支えてきたんだろう。

佐藤さんや周りの陸前高田市の人々もすごいが、映画を撮ってる監督もすごい。映像は震災直後からはじまっているので、あの混乱の状況の中、密着して、この映画を撮影したのだな。恣意的独善的な作家性を一切押し出さない仕上がりになっている。こういう悲劇の場所を撮るならメッセージ性をわずかでも入れたくなるだろうに。ただただ清々しい風が吹くようなドキュメンタリーになっている。

先祖になる