更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

映画「プロメテウス」

テレビで珍しい豚が出ていた。走り回っている豚を観ている家族が「うまそうだな」といった。犬猫が出ていても同様の感想は出てこない。食べて美味しかった身体の記憶がそう思わせるのだ。この映画「プロメテウス」も

「うまそうだな」

と始終つぶやいてしまった。帰りにイカを買って帰った。つまり、この映画に登場するエイリアンは「イカ」なのよ。生イカよりも、湯だった感があった。おでんのイカ、という感じ。本来怖がるところを口に唾をためてしまったw

監督リドリー・スコットはエイリアンの監督である。「1」である。「エイリアン」と同じ要素が一杯つまってて、楽しめました。

私は、ホラーもSF映画にも興味ないです。が、エイリアンは別格で大好きです。何故かというと、「エイリアン」は動物パニック映画と思っている。蛇映画しかり、熊映画しかり。最近までやってた狼の出てくる「THE GREY 凍える太陽」観損ねた。

エイリアンは人間じゃない。生き物。だから「悪意」がない。エイリアンを利用する営利企業=人間はいるけども。イカエイリアンは生きるために繁殖する。生きるために人間を襲う。そこに健やかさがある。姑息な下心がないんですね。人間vs生物の純粋な対決がある。人間は自然界の頂点のように錯覚しますが、そうじゃない。純粋な自然(この場合は惑星)で、生命力と繁殖力が圧倒的に勝っている生き物(エイリアン)と対決したら、人間は弱い。圧倒的に。しかし、生き延びたい、人間。

お約束として、10人くらいのクルーが出てくる。色んなキャラがいる。主人公はたいてい、若い女ね。じわじわと一人、二人とやられていく。恐怖心にかられて「キャーキャー」大騒ぎするのが一番最初にやられる。その役はたいてい、白人のウラナリ。そして、黒人はやられない。主人公ではないが、いい役どころをすることになっている。これもお約束。

この映画の根底には西洋人ならではの宗教観が流れている。旧約聖書の人類創造がベースであろう。

神は言われた。「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空 の面を飛べ。」神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそ れぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。

この映画、主人公にしろ、その彼氏にしろ、最後まで探究している究極の問い

神は何故人間を作りたもうたか

一神教ならそう思うだろう。一人の意思が人類を作り、そして、黙示録へと向かう。それが聖書の起承転結である。

そして、アメリカをはじめとする、昨今のキリスト教原理主義の考え方

進化論はない

特異な考え方だなあ、と日本人である私は思う。人類の起源・創造主が知性を有し、人間に近い、と考えるから出来た映画だ。ダーヴィンの進化論否定派には理解しやすい世界観だろう。

セイタカアワダチ草は日本に来て背がみるみる低くなり、奈良公園のある草は鹿が食べるから刺のあるものだけが生き残る。固いものを食べない子供世代は顎がとんがってきている。私が見ているだけでも、わずか数十年で環境や食品にあわせて生物は変化している。そういうのを見てて、進化論がない、などと考える思想がよくわからん。分からんが信教の自由だ。多神教の八百万の神、日本こそ、西欧から見たら理解できんだろう。

神仏混合、クリスマスも正月もグチャグチャになっている汎神論的な純日本人の自分。

神は何故人類を作り、そして、滅ぼすのか

なんて問いに人生を懸けるなんて、すごいわ。暇やね~なんてちょっぴり思う。

誰か、絶対的な完全な神(宇宙人?)がいて、問いをすれば答えてくれるかも、なんて、思うのは依存的だなあ、とも。人類創造が誰か意図を持ってなされたことだと考えたとして「?はあ?そんな昔のこと、聞かれても知らへんわ。俺の先祖が勝手にやったことやしね」と答えが返ってくるだろうに。

しかし、それこそが、その問いを重要視することが、キリスト教文化圏の発展の原動力なんだろう。そうでなければ、エルサレムにまで集団で「聖戦」という大義名分を掲げて侵入して、世界をガラガラポン出来ないだろうよ。えらいことパワーがあるなあ。純粋な思想は怖いが、強い。だから、他国にまで来てクジラを食べるなとかマグロを殺すなとか、ムチャクチャ言いよるんやな。

イカタコを怖く醜く思う西欧と、美味しい御馳走だと思う東洋人。その壁は高い。

プロメテウス (字幕版)

プロメテウス (字幕版)