更年期から墓場まで

子梨・更年期BBAの私見偏見吐露雑談ブログです。

ソハの地下水道

暗闇の映画

原題は「In Darkness」という。そのままの暗闇映画だった。

ユダヤ思想をかじっていた時期があって、ホロコースト系映画はなんとなく観てしまう。ダークカラーと哀愁のただよう音楽が好きで、どっぷりはまって観る。(たいていイーディッシュ音楽であったりクラシックだったり。アコーディオンが使われることが多い)。

戦争ものなんだから暗くて当然なんですが、この「ソハの地下水道」という映画の印象は、今まで観た戦争映画の従来の暗さではない。

地下への逃亡、下水道なんだから。

同じく地下が出ていた「20世紀少年」とか思い出すが、その比ではないのだ。エゲつないほど真っ黒けである。

映画史に残る暗闇映画であろう。

日本には陰影礼賛という感性があって、茶色い黒や鼠色の黒など、黒にも色んな色合いや深みがあると考え、同じ単一の黒とは見ない。木造住宅に住んできた日本人ならではの美学である。

しかし、この黒、欧米の戦争の黒はそんな風情のあるものではない。

黒=暗闇。

死に直結する寒さと恐怖感。

地下水道に逃げたユダヤ人たち

第二次大戦についてはアジアでも欧米でも議論が未だにある。しかし、アジアのそれは、まだまだ人間的ではないかと思われる。それほどに、ナチスドイツは、もう生物として人間じゃないんじゃないか、というほど戦慄する。彼らの「黒」はそういう黒なのだ。あの時代、ヨーロッパはほんとに真っ黒だったのだ。

ソハの地下水道

第二次世界大戦末期14ヶ月もの間、地下水道に隠れていたユダヤ人達。主人公のソハはポーランド人で、下水道の修繕工、管理人のようなことをしている。

ナチスのゲットー襲撃から逃れ、ユダヤ人たちは地下に潜伏する。その手助け、支援をしたのがソハである。

日の光がまったく指さないその世界で、隠れ住むユダヤ人たち。地下の生活で、女性達が「もうこんな場所いやよ」と叫ぶ。が、出たら死が待っている。地上にでたら殺される。ナチスに見つかれば収容所行き、ガス室、ジェノサイドへノンストップ。

地下で暮らすのは命がけ

暗い映画館でこんな真っ黒な映画を観ていると変な気分になってくる。私の後ろの席の老人がひっきりなしに「げほっげほっ」と咳をする。うう、マスクをしてくれよ。闇の中での人間関係、距離感。知らない人と地下で共同生活。そのストレスは相当だろうなあ。きっと隠れていたユダヤ人たちもこんな気分だったのだろうな。

地下下水生活でこれまたひどいのが”匂い”。たとえば想像するに、我が賃貸マンションは築50年という老朽で、排水の蓋をうっかり外していたりすると、梅雨時など汚臭が尋常でないくらい漂う。それだけで、精神が萎える。

ユダヤ人たちが1年以上隠れていたその場所の臭さはその比ではないだろう。ウ○コは当然流れまくり、戦時中だから死体も流れ、ネズミが画面に出てくる。が、だんだん、それにも慣れてきてペットのごとく一緒に暮らし始める。まさに極限状況。

地下水道で働くポーランド人ソハとはいかなる男だったのか

その潜伏を手助けをするソハも命がけである。ユダヤ人の居場所を通報したらお金がもらえるので、密告は日常茶飯事。友人や近所の人もソハを疑ってかかる。助けたのがバレたら当然死刑。家族にも類が及ぶのだ。

ソハの家族は、奥さんと小さな娘。この奥さんが実にいい。太っていて、お世辞にも美人とはいいがたいのであるが、下水の仕事をしている夫の世話をやき、暖かい食事を作る。夫がユダヤ人をかくまっていることを知って大反対する。口ではユダヤ人のことを「気の毒だ」というけど。なんてったってバレたら殺されるんだから。何度も夫に止めるように言うが…

ソハだって、シンドラーや杉原千畝みたいなインテリや金持ちではない。信念や義侠心などない。その辺のズングリむっくりしたオっさん。安月給で下水道の仕事をしていて、時には泥棒まがいのこともする。ソハがユダヤ人を助けたのもお金目当てにほかならない。何度もユダヤ人を匿うのをやめたいとすら思う。

このいたって普通の、善人でもなんでもないポーランドの貧乏人、フツ~の中年夫婦。しかし、結局のところ、ふたりは最後までユダヤ人たちの面倒をみてしまうのだった!

ユダヤ人とソハの心のやりとりは圧倒的に心にせまる。ソハ夫婦はお題目やキレイごとを言わない。言えない。無学なんだもん。終始セコくて自己保身である。しかし、戦時下で、この普通の人々、ソハのような人間がなんとなく、しかし命がけで人助けをしてしまう、というミラクル。平凡さの中に隠れる男気、女気というのがすごすぎる。

暗闇の中ではぐくまれる絆

ソハとユダヤ人たちの心が通いだし、下水道の闇が少しずつ、複雑で深い色合いで彩られる。同じ闇や黒でも、人の心が温かいと美しく見えるものなのだな。

過ぎ越しの祭というユダヤ教の儀式がある。あの映画「十戒」にその起源が登場する。虐殺・迫りくる死の手を逃れるため、かつて古代のユダヤ人たちも隠れ、死が通り過ぎるのを待った。下水道の地下で、ユダヤ人達はその故事を思い出すべく儀式を行う。その場所の真上は黄金の伽藍のキリスト教会である。教会の地下にも下水道は通っている。きらびやかな教会音楽・賛美歌の流れる真下の逃亡者の闇のペサハ。

地上の輝く黄金と地下の黒。その対比の美しさは強烈だ。闇が深く優しい陰影で隠遁者達の顔を照らす。

ソハの地下水道